がねばならぬからである。勘次《かんじ》はお品《しな》の發病《はつびやう》から葬式《さうしき》までには彼《かれ》にしては過大《くわだい》な費用《ひよう》を要《えう》した。それでも葬具《さうぐ》や其《そ》の他《た》の雜費《ざつぴ》には二|錢《せん》づつでも村《むら》の凡《すべ》てが持《も》つて來《き》た香奠《かうでん》と、お品《しな》の蒲團《ふとん》の下《した》に入《いれ》てあつた蓄《たくはへ》とでどうにかすることが出來《でき》た。それでも醫者《いしや》への謝儀《しやぎ》や其《そ》の他《た》で彼自身《かれじしん》の懷中《ふところ》はげつそりと減《へ》つて畢《しま》つた。さうして小作米《こさくまい》を賣《う》つた苦《くる》しい懷《ふところ》からそれでも彼《かれ》は自分《じぶん》の居《ゐ》ない間《あひだ》の手當《てあて》に五十|錢《せん》を託《たく》して行《い》つた。それも卯平《うへい》へ直接《ちよくせつ》ではなくて南《みなみ》へ頼《たの》んで卯平《うへい》へ渡《わた》して貰《もら》つた。勘次《かんじ》が行《い》つてから其《そ》の錢《ぜに》を出《だ》された時《とき》卯平《うへい》は
「さう疑《
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