體《からだ》を横《よこ》にし甘睡《かんすゐ》に陷《おちい》るまでの少時間《せうじかん》彼等《かれら》は互《たがひ》に決《けつ》し難《がた》い思案《しあん》を交換《かうくわん》するのであつた。從來《これまで》も夫婦《ふうふ》の間《あひだ》は孰《いづ》れが本位《ほんゐ》であるか分《わか》らぬ程《ほど》勘次《かんじ》には決斷《けつだん》の力《ちから》が缺乏《けつばふ》して居《ゐ》た。
「どうでもおめえの腹《はら》だから好《す》きにした方《はう》がえゝやな」勘次《かんじ》は恁《か》ういふのである。然《しか》しそれは怎的《どう》でもいゝといふ云《い》ひ擲《なぐ》りではなくて、凡《すべ》てがお品《しな》に對《たい》して命令《めいれい》をするには勘次《かんじ》の心《こゝろ》は餘《あま》り憚《はばか》つて居《ゐ》たのである。
「そんでも、俺《おれ》がにも困《こま》んべな」お品《しな》は投《な》げ掛《か》けるやうにいふのである。勘次《かんじ》はお品《しな》が恁《か》うする積《つもり》だときつぱりいつて畢《しま》へば決《けつ》して反對《はんたい》をするのではない。といつてお品《しな》は獨斷《どくだん》で決
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