吉《よきち》が生《うま》れた。此《こ》の時《とき》は勘次《かんじ》もお品《しな》も腹《はら》の子《こ》を大切《たいせつ》にした。女《をんな》の子《こ》が十三といふともう役《やく》に立《た》つので、與吉《よきち》を育《そだ》てながら夫婦《ふうふ》は十|分《ぶん》に働《はたら》くことが出來《でき》た。與吉《よきち》が三つに成《な》つたのでおつぎは他《よそ》へ奉公《ほうこう》に出《だ》すことに夫婦《ふうふ》の間《あひだ》には決定《けつてい》された。其《そ》の頃《ころ》十五の女《をんな》の子《こ》では一|年《ねん》の給金《きふきん》は精々《せい/″\》十|圓《ゑん》位《ぐらゐ》のものであつた。それでもそれ丈《だけ》の收入《しうにふ》の外《ほか》に食料《しよくれう》の減《げん》ずることが貧乏《びんばふ》な世帶《しよたい》には非常《ひじやう》な影響《えいきやう》なのである。それが稻《いね》の穗首《ほくび》の垂《た》れる頃《ころ》からお品《しな》は思案《しあん》の首《くび》を傾《かし》げるやうになつた。身體《からだ》の容子《ようす》が變《へん》に成《な》つたことを心付《こゝろづ》いたからである。十|
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