ん》の人々《ひとびと》と一|緒《しよ》に集合《しふがふ》することが彼等《かれら》には寧《むし》ろ愉快《ゆくわい》な一|日《にち》でなければならぬ。間斷《かんだん》なく消耗《せうまう》して行《ゆ》く肉體《にくたい》の缺損《けつそん》を補給《ほきふ》するために攝取《せつしゆ》する食料《しよくれう》は一|椀《わん》と雖《いへど》も悉《こと/″\》く自己《じこ》の慘憺《さんたん》たる勞力《らうりよく》の一|部《ぶ》を割《さ》いて居《ゐ》るのである。然《しか》し他人《たにん》を悼《いた》む一|日《にち》は其處《そこ》に自己《じこ》のためには何等《なんら》の損失《そんしつ》もなくて十|分《ぶん》に口腹《こうふく》の慾《よく》を滿足《まんぞく》せしめることが出來《でき》る。他人《たにん》の悲哀《ひあい》はどれ程《ほど》痛切《つうせつ》でもそれは自己《じこ》當面《たうめん》の問題《もんだい》ではない。如斯《かくのごとく》にして彼等《かれら》の聚《あつま》る處《ところ》には常《つね》に笑聲《せうせい》を絶《た》たないのである。
 お品《しな》も恁《か》ういふ伴侶《なかま》の一人《ひとり》であつた。それが
前へ 次へ
全956ページ中115ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング