凝集《こご》つて薄《うす》い蒲團《ふとん》にくるまつた。勘次《かんじ》は足《あし》に非常《ひじやう》な冷《つめ》たさを感《かん》じて、うと/\として居《ゐ》た眠《ねむり》から醒《さ》めた。手足《てあし》を伸《のば》せば括《くゝ》りつけた萱《かや》や篠《しの》の葉《は》に觸《ふ》れてかさ/\と鳴《な》る程《ほど》狹《せま》い室内《しつない》を、寒《さむ》さは束《たば》ねた松葉《まつば》の先《さき》でつゝくやうに徹宵《よつぴて》其《その》隙間《すきま》を狙《ねら》つて止《や》まなかつた。勘次《かんじ》は目《め》が冴《さ》えて畢《しま》つた。彼《かれ》は北《きた》に枕《まくら》して居《ゐ》た。後《うしろ》の林《はやし》が性急《せいきふ》に騷《さわ》いでは又《また》靜《しづ》まつてさうしてざわ/\と鳴《な》つた。北風《きたかぜ》が立《た》つたのだ。低《ひく》い粟幹《あはがら》の屋根《やね》から其《その》括《くゝ》りつけた萱《かや》や篠《しの》の葉《は》には冴《さ》えた耳《みゝ》に漸《やつ》と聞《きゝ》とれるやうなさら/\と微《かす》かに何《なに》かを打《う》ちつけるやうな響《ひゞき》が止《や》まない。漸次《だん/\》に其《そ》の響《ひゞき》を消滅《せうめつ》して、隙間《すきま》を求《もと》めて侵入《しんにふ》する寒《さむ》さの度《ど》が加《くは》はつた。何處《どこ》かで凍《こほつ》てた土《つち》へ響《ひゞ》くやうな※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にはとり》の聲《こゑ》が疳走《かんばし》つて聞《きこ》えると夜《よる》は檐《のき》の隙間《すきま》から明《あか》るくなつた。勘次《かんじ》はおつぎを起《おこ》した。彼《かれ》は夜《よ》が明《あ》ければ蒲團《ふとん》に堅《かた》くなつて居《ゐ》るよりも火《ひ》にあたつた方《はう》が遙《はるか》によかつた。彼《かれ》は明《あ》けるのを待遠《まちどほ》にして居《ゐ》た。おつぎは外《そと》へ出《で》ようとした。外《そと》は意外《いぐわい》に積《つも》り掛《か》けた雪《ゆき》が白《しろ》かつた。更《さら》に積《つも》りつゝある大粒《おほつぶ》な雪《ゆき》が北《きた》から斜《なゝめ》に空間《くうかん》を掻亂《かきみだ》して飛《と》んで居《ゐ》る。おつぎは少時《しばし》立《た》ち悚《すく》んだ。大粒《おほつぶ》な雪《ゆき》を投《な》げつゝ吹《ふ》き落《お》ちる北風《きたかぜ》がごつと寒《さむ》さを煽《あふ》つた。勘次《かんじ》は狹《せま》い土間《どま》に掻《か》き集《あつ》めてあつた落葉《おちば》や麁朶《そだ》に火《ひ》を點《つ》けた。烟《けぶり》は低《ひく》い檐《のき》を偃《は》つて、ぐる/\と空間《くうかん》が廻轉《くわいてん》するやうに見《み》えつゝ飛《と》び散《ち》る忙《せは》しい雪《ゆき》の爲《ため》に遁《に》げ行《ゆ》く道《みち》を妨《さまた》げられたやうに低《ひく》く彷徨《さまよ》うて行《ゆ》く。おつぎは外側《そとがは》に置《お》いた手桶《てをけ》を執《と》つた。北風《きたかぜ》の吹《ふ》きつける雪《ゆき》は一《ひと》つの手桶《てをけ》を半分《はんぶん》白《しろ》くして居《ゐ》た。おつぎは低《ひく》い檐《のき》の下《した》を一|歩《ぽ》踏《ふ》み出《だ》したら、北風《きたかぜ》は待《ま》つて居《ゐ》たといふやうに、其《そ》の亂《みだ》れた髮《かみ》の毛《け》を吹《ふ》き捲《まく》つて、大粒《おほつぶ》な雪《ゆき》が爭《あらそ》つて首筋《くびすぢ》へ群《むらが》り落《おち》て瞬間《しゆんかん》に消《き》えた。さうして又《また》衣物《きもの》の上《うへ》に輕《かる》く軟《やはら》かに止《とま》つた。おつぎは釣瓶《つるべ》の竹竿《たけざを》が北《きた》から打《うち》つける雪《ゆき》の爲《ため》に竪《たて》に一條《ひとすぢ》の白《しろ》い線《せん》を描《ゑが》きつゝあるのを見《み》た。ちら/\と目《め》を昏《くらま》すやうな雪《ゆき》の中《なか》に樹木《じゆもく》は悉皆《みんな》純白《じゆんぱく》な柱《はしら》を立《たて》て、釣瓶《つるべ》の縁《ふち》は白《しろ》い丸《まる》い輪《わ》を描《ゑが》いて居《ゐ》る。おつぎは竹竿《たけざを》へ手《て》を掛《か》けると輕《かる》い軟《やはら》かな雪《ゆき》はさらりと轉《こ》けて落《お》ちた。おつぎは一|杯《ぱい》を汲《く》んでひよつと顧《ふりかへ》つた時《とき》後《うしろ》の竹《たけ》の林《はやし》が強《つよ》い北風《きたかぜ》に首筋《くびすぢ》を壓《お》しつけては雪《ゆき》を攫《つか》んでぱあつと投《な》げつけられながら力《ちから》の限《かぎり》は爭《あらそ》はうとして苦悶《もが》いて居《ゐ》るのを見《み》た。おつぎは見《み》るなと吹《ふ》きつ
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