》を施《ほどこ》した。手先《てさき》の火傷《やけど》は横頬《よこほゝ》のやうな疼痛《いたみ》も瘡痍《きず》もなかつたが醫者《いしや》は其處《そこ》にもざつと繃帶《ほうたい》をした。與吉《よきち》は目《め》ばかり出《だ》して大袈裟《おほげさ》な姿《すがた》に成《な》つて歸《かへ》つて來《き》た。
 與吉《よきち》は繃帶《ほうたい》をしてから疼痛《いたみ》もとれた。繃帶《ほうたい》は又《また》直接《ちよくせつ》他《た》の物《もの》との摩擦《まさつ》を防《ふせ》いで、彼《かれ》に快《こゝろ》よく村落《むら》の内《うち》を彷徨《さまよ》はせた。繃帶《ほうたい》が乾《かわ》いて居《を》れば五六|日《にち》は棄《す》てゝ置《お》いても好《い》いが、液汁《みづ》が浸《し》み出《だ》すやうならば明日《あす》にも直《すぐ》に來《く》るやうにと醫者《いしや》はいつたのであるが、液汁《みづ》は幸《さいは》ひにぱつちりと點《てん》を打《う》つたのみで別段《べつだん》擴《ひろ》がりもしなかつた。
 おつぎは燒趾《やけあと》の始末《しまつ》の忙《せは》しい間《あひだ》にも時々《とき/″\》卯平《うへい》を見《み》た。然《しか》し卯平《うへい》を慰《なぐさ》めるに一|錢《せん》の蓄《たくは》へもないおつぎは猶且《やつぱり》何《なん》の方法《はうはふ》も手段《しゆだん》も見出《みいだ》し得《え》なかつたのである。
 おつぎは勘次《かんじ》が漸《やうや》くにして求《もと》めた僅《わづか》な米《こめ》を竊《そつ》と前垂《まへだれ》に隱《かく》して持《も》つて行《い》つた。米《こめ》には挽割麥《ひきわり》が交《まじ》つて居《ゐ》る。おつぎは決《けつ》して卯平《うへい》を滿足《まんぞく》させ得《う》ることとは思《おも》はなかつたが、彼《かれ》が喫《た》べて見《み》ようといへば粥《かゆ》にでも炊《た》いてやらうと思《おも》つたのである。然《しか》しおつぎが恥《は》ぢつゝそれでも餘儀《よぎ》なく隱《かく》して持《も》つて行《い》つた米《こめ》の必要《ひつえう》はなかつた。念佛《ねんぶつ》の伴侶《なかま》が交互《かはりがはり》に少《すこ》しづゝの食料《しよくれう》を持《も》つて來《き》てくれるのを卯平《うへい》は屹度《きつと》餘《あま》して居《ゐ》た。
「爺《ぢい》、そんでもちつた鹽梅《あんべえ》よくなつたやうだが、痛《いた》かねえけえ」おつぎは毎度《いつも》のやうに反覆《くりかへ》して聞《き》いた。言辭《ことば》は軟《やはら》かでさうして潤《うる》んで居《ゐ》た。卯平《うへい》の火傷《やけど》へも油《あぶら》が塗《ぬ》られてあつた。水疱《すゐはう》はいつか破《やぶ》れて糜爛《びらん》した患部《くわんぶ》を、油《あぶら》は見《み》るから厭《いと》はしく且《か》つ穢《きたな》くして居《ゐ》た。死《し》んだ細胞《さいぼう》の下《した》から鮮《あざや》かに赤《あか》く見《み》え始《はじ》めた肉芽《にくげ》は外部《ぐわいぶ》の刺戟《しげき》に對《たい》して少《すこ》しの抵抗力《ていかうりよく》も持《も》つて居《ゐ》ない細胞《さいぼう》の集《あつま》りである。朝夕《あさゆふ》の冷《つめ》たさすら其《そ》の過敏《くわびん》な神經《しんけい》を刺戟《しげき》した。卯平《うへい》は何時《いつ》でも右《みぎ》の横頬《よこほゝ》を上《うへ》にして居《ゐ》る外《ほか》はなかつた。
「さうだにかゝんなくつても癒《なほ》んべなあ」おつぎは、油《あぶら》が穢《きたな》くした火傷《やけど》を凝然《ぢつ》と見《み》て居《ゐ》ると自然《しぜん》に目《め》が蹙《しが》められて、寧《むし》ろ自分《じぶん》の瘡痍《きず》の經過《けいくわ》でも聞《き》くやうに卯平《うへい》の枕《まくら》へ口《くち》をつけていつた。
「うむ」と卯平《うへい》の低《ひく》く響《ひゞ》く聲《こゑ》が決《けつ》して其《そ》の言辭《ことば》のやうな簡單《かんたん》な意味《いみ》のものではなかつた。
「そんでもどうにか家《うち》も拵《こせ》えたから、爺《ぢい》ことも連《つ》れてくべよなあ」おつぎの聲《こゑ》は漸次《ぜんじ》に潤《うる》んで低《ひく》くなつた。卯平《うへい》はそれでもおつぎの聲《こゑ》を聞《き》くと目《め》を瞑《つぶ》つた儘《まゝ》、殆《ほとん》ど明瞭《はつきり》とは見《み》られぬやうな微《かす》かな笑《わら》ひが泛《うか》ぶのであつた。
「どうえの建《た》てゝえ」卯平《うへい》は有繋《さすが》に聞《き》きたかつた。
「どうえのつて爺《ぢい》は、燒《や》けた柱《はしら》掘立《ほつた》てたのよ、そんだから壁《かべ》も塗《ぬ》んねえのよ」
「そんぢや、藁《わら》か萱《かや》でおツ塞《ぷて》えたんでもあんびや」
「うむ、さうだあ、そ
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