つかり》と保《たも》たれてある。そこで乾燥《かんさう》した枯葉《かれは》は少《すこ》しのことにさへ相《あひ》倚《よ》つてさや/\と互《たがひ》に恐怖《きやうふ》を耳語《さゝや》くのである。然《しか》し樹木《じゆもく》が吸收《きふしう》して獲《え》た物質《ぶつしつ》の一|部《ぶ》を地《つち》及《およ》び空氣《くうき》に還元《くわんげん》せしめようとして凡《すべ》ての葉《は》を梢《こずゑ》から奪《うば》つて、到《いた》る處《ところ》空濶《くうくわつ》で且《かつ》簡單《かんたん》にすることを好《この》む冬《ふゆ》の目《め》には、櫟《くぬぎ》の枯葉《かれは》は錯雜《さくざつ》し、溷濁《こんだく》して見《み》えねばならぬ。それで巨人《きよじん》を載《の》せた西風《にしかぜ》が其《その》爪先《つまさき》にそれを蹴飛《けと》ばさうとしても、恐《おそ》ろしく執念深《しふねんぶか》い枯葉《かれは》は泣《な》いてさうして其《そ》の力《ちから》を保《たも》たうとする。偶《たまたま》力《ちから》が足《た》りないで吹《ふ》き散《ち》らされたのは、さういふ時《とき》に非常《ひじやう》に便利《べんり》なやうに捲《ま》いてあるので、どんな陰《かげ》でも其《そ》の身《み》を託《たく》する場所《ばしよ》を求《もと》めてころ/\と轉《ころ》がつて行《い》つては、自分《じぶん》の伴侶《なかま》が一つに相《あひ》倚《よ》り相《あひ》抱《いだ》いて微風《びふう》にさへ絶《た》えず響《ひゞき》を立《た》てゝ戰慄《せんりつ》しつゝあるのである。
 勘次《かんじ》は斯《か》ういふ櫟《くぬぎ》の木《き》を植《う》ゑて林《はやし》を造《つく》るべき土地《とち》の開墾《かいこん》をする爲《ため》にもう幾年《いくねん》といふ間《あひだ》雇《やと》はれて其《そ》の力《ちから》を竭《つく》した。彼《かれ》は漸《やうや》く林相《りんさう》を形《かたち》づくつて來《き》た櫟林《くぬぎばやし》に沿《そ》うて田圃《たんぼ》を越《こ》えて走《はし》つた。田圃《たんぼ》の鴫《しぎ》が何《なに》に驚《おどろ》いたかきゝと鳴《な》いて、刈株《かりかぶ》を掠《かす》めるやうにして慌《あわ》てゝ飛《とん》で行《いつ》た。さうして後《のち》は白《しろ》く閉《とざ》した氷《こほり》が時々《ときどき》ぴり/\と鳴《なつ》てしやり/\と壞《こは》れるのみで只《たゞ》靜《しづ》かであつた。田圃《たんぼ》を透《とほ》して林《はやし》の間《あひだ》から見《み》える其《その》遠《とほ》い山々《やま/\》の雲《くも》は稍《やゝ》薄《うす》くなつて空《そら》を濁《にご》して居《ゐ》た。軈《やが》て雜木林《ざふきばやし》の枝頭《えださき》が少《すこ》し動《うご》いたと思《おも》つたらごうつといふ響《ひゞき》が勘次《かんじ》の耳《みゝ》に鳴《な》つた。巨人《きよじん》の脚《あし》が逼《せま》つたのである。彼《かれ》はむつと思《おも》はず呼吸《こきふ》が切迫《せつぱく》した。
 毎日《まいにち》吹《ふ》き渡《わた》る西風《にしかぜ》は乾燥《かんさう》しつゝある凡《すべ》ての物《もの》を更《さら》に乾燥《かんさう》させねば止《や》まない。雨《あめ》が稀《まれ》にしんみりと降《ふ》つても西風《にしかぜ》は朝《あさ》から一|日《にち》青《あを》い常緑木《ときはぎ》の葉《は》をも泥《どろ》の中《なか》へ拗切《ちぎ》つて撒布《まきち》らす程《ほど》吹《ふ》き募《つの》れば、それだけで土《つち》はもう殆《ほと》んど乾《かわ》かされるのである。土《つち》が保有《ほいう》すべき水分《すゐぶん》がそれ程《ほど》蒸發《じようはつ》し盡《つく》しても其《そ》の吹《ふ》き渡《わた》る間《あひだ》は西風《にしかぜ》は決《けつ》して空《そら》に一|滴《てき》の雨《あめ》さへ催《もよほ》させぬ。それでも有繋《さすが》に深《ふか》く水《みづ》を藏《ざう》して居《ゐ》る土《つち》は垢《あか》の如《ごと》き表皮《へうひ》のみを掻《か》き拂《はら》つて行《ゆ》く疾風《しつぷう》の爲《ため》には容易《ようい》に其《そ》の力《ちから》を失《うしな》はないで、夜《よ》が更《ふ》ければ幾《いく》らでも空氣中《くうきちう》に保《たも》たれた水分《すゐぶん》を微細《びさい》に結晶《けつしやう》させて一|杯《ぱい》に白《しろ》く引《ひ》きつける。土《つち》が徹宵《よつぴて》さういふ作用《さよう》を營《いとな》んだばかりに、日《ひ》は拂曉《あけがた》の空《そら》から横《よこ》にさうして斜《なゝめ》に其《そ》の霜《しも》を解《と》かして、西風《にしかぜ》は直《たゞち》にそれを乾《かわ》かして残酷《ざんこく》に表土《へうど》の埃《ほこり》を空中《くうちう》に吹《ふ》き捲《ま》くる。其《そ》
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