も幼兒《えうじ》の死《し》ぬのは瘡《かさ》ツ子《こ》だからといふのみで病毒《びやうどく》の慘害《さんがい》を知《し》る筈《はず》もなく隨《したが》つて怖《おそ》れる筈《はず》もなかつた。お品《しな》の母《はゝ》は非常《ひじやう》な貧乏《びんばふ》な寡婦《ごけ》で、足《あし》が立《た》つか立《た》たぬのお品《しな》を懷《ふところ》にして悲慘《みじめ》な生活《せいくわつ》をして居《ゐ》た。それを卯平《うへい》は心《こゝろ》から哀憐《あはれみ》の情《じやう》を以《もつ》て見《み》て居《ゐ》た。お品《しな》の母《はゝ》は百姓《ひやくしやう》としては格別《かくべつ》の働《はたら》きを有《も》たなかつたから、寡婦《ごけ》として獨立《どくりつ》して行《ゆ》くには非常《ひじやう》な困難《こんなん》でなければ成《な》らぬだけ身體《からだ》の何處《どこ》にか軟《やはら》かな容子《ようす》があつて、清潔好《きれいずき》な卯平《うへい》の心《こゝろ》を惹《ひ》いた。何處《どこ》か人懷《ひとなつ》こい處《ところ》があつて只管《ひたすら》に他人《たにん》の同情《どうじやう》に渇《かつ》して居《ゐ》たお品《しな》の母《はゝ》の何物《なにもの》をか求《もと》めるやうな態度《たいど》が漸《やうや》く二人《ふたり》を近《ちか》づけた。
其《そ》の頃《ころ》彼《かれ》の女房《にようばう》は長《なが》い間《あひだ》病氣《びやうき》に惱《なや》まされて居《ゐ》た。病氣《びやうき》は遂《つひ》に恢復《くわいふく》しなかつた。女房《にようばう》は或《ある》年《とし》復《ま》た姙娠《にんしん》して臨月《りんげつ》が近《ちか》くなつたら、どうしたものか數日《すうじつ》の中《うち》に腹部《ふくぶ》が膨脹《ばうちやう》して一|夜《や》の内《うち》にもそれがずん/\と目《め》に見《み》える。女房《にようばう》は横臥《わうぐわ》することも其《そ》の苦痛《くつう》に堪《た》へないで、積《つ》んだ蒲團《ふとん》に倚《よ》り掛《かゝ》つて僅《わづか》に切《せつ》ない呼吸《いき》をついて居《ゐ》た。胎兒《たいじ》を泛《う》かしめた水《みづ》が餘計《よけい》に溜《たま》つたのである。其《そ》の頃《ころ》は醫者《いしや》の手《て》でさへそれをどうすることも出來《でき》なかつた。加之《それのみでなく》彼《かれ》は醫者《いしや》を聘《よ》ぶことが億劫《おつくふ》で、大事《だいじ》な生命《いのち》といふことを考《かんが》へることさへ心《こゝろ》に暇《いとま》を持《も》たなかつた。僥倖《げうかう》にも卵膜《らんまく》を膨脹《ばうちやう》させた液體《みづ》が自分《じぶん》から逃《に》げ去《さ》る途《みち》を求《もと》めて其《そ》の包圍《はうゐ》を破《やぶ》つた。數升《すうしよう》の液體《みづ》が迸《ほとばし》つて、驚《おどろ》いて横《よこた》へた身《み》を蒲團《ふとん》の上《うへ》に浮《う》かさうとした。それと共《とも》に安住《あんぢう》の場所《ばしよ》を失《うしな》うた胎兒《たいじ》は自然《しぜん》に母體《ぼたい》を離《はな》れて出《で》ねばならなかつた。胎兒《たいじ》は勿論《もちろん》死《し》んでさうして手《て》を出《だ》した。其《そ》の時《とき》女房《にようばう》は非常《ひじやう》に疲憊《ひはい》して居《ゐ》たが、我慢《がまん》をするからといつたばかりに卯平《うへい》はぐつと力《ちから》を入《い》れて引《ひ》き出《だ》した。彼《かれ》の惡意《あくい》を有《も》たぬ手《て》が斯《かく》の如《ごと》く残酷《ざんこく》に働《はたら》かされたのは、夫婦《ふうふ》の間《あひだ》には僅《わづか》でも他人《たにん》の手《て》を藉《か》ることに金錢上《きんせんじやう》の恐怖《おそれ》を懷《いだ》かしめられたからであつた。女房《にようばう》はそれでも死《し》なゝかつた。然《しか》し殆《ほと》んど想像《さうざう》されなかつた疼痛《とうつう》が滿身《まんしん》に沁《し》み渡《わた》つた。軈《やが》て非常《ひじやう》な發熱《はつねつ》が伴《ともな》つた。それからといふものは三|年《ねん》も臥《ふせ》つた儘《まゝ》で季節《きせつ》が暖《あたゝ》かに成《な》れば稀《まれ》には蒲團《ふとん》からずり出《だ》して僅《わづか》に杖《つゑ》に縋《すが》つては軟《やはら》かな春《はる》の日《ひ》をさへ刺戟《しげき》に堪《た》へぬやうに眩《まぶ》しがつて居《ゐ》た。
お品《しな》の母《はゝ》との關係《くわんけい》が餘計《よけい》な告口《つげぐち》から女房《にようばう》の耳《みゝ》に入《はひ》つた。其《そ》の頃《ころ》暑《あつ》さに向《む》いて居《ゐ》た所爲《せゐ》でもあつたが女房《にようばう》はそれを苦《く》にし始《はじ》めてからがつ
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