《ひとり》が卯平《うへい》に向《むか》つていつた。
「さうすりやはあ、お互《たげえ》にえゝ鹽梅《あんべえ》で疵《きず》もつかねえんだから、俺《お》れもさうは思《おも》つちや居《ゐ》んだが、此《こ》れ、いふのもをかしなもんで」卯平《うへい》の頬《ほゝ》には稍《やゝ》紅《べに》を潮《さ》して彼《かれ》は婆《ばあ》さんにいはれたことが嬉《うれ》し相《さう》に見《み》えるのであつた。
「なあに、さうだもかうだも有《あ》るもんか、えゝから、さうだ奴等《やつら》打《ぶ》つ飛《と》ばしてやれ」暫《しばら》く默《だま》つて居《ゐ》た先刻《さつき》の爺《ぢい》さんは小柄《こがら》な身體《からだ》を堅《かた》めて又《また》呶鳴《どな》つた。
「うむ、なあに俺《お》れもそれから去年《きよねん》の秋《あき》は火箸《ひばし》で打《ぶ》つ飛《と》ばしてやつたな」卯平《うへい》は斯《か》ういつて彼《かれ》にしては著《いちじ》るしく元氣《げんき》を恢復《くわいふく》して居《ゐ》た。
「さうだとも、錢《ぜね》でも何《なん》でも呉《く》んなけりや、よこせつちばえゝんだ、錢《ぜね》ねえなんちへば米《こめ》でも麥《むぎ》でも奪取《ふんだく》つてやれ」爺《ぢい》さんは周圍《あたり》へ唾《つば》を飛《と》ばした。
「それでも俺《お》れ打《ぶ》つ飛《と》ばしてから質《しち》の流《なが》れだなんち味噌《みそ》一|樽《たる》買《か》つたな、麩味噌《ふすまみそ》で佳味《うま》かねえが今《いま》ぢやそんでもお汁《つけ》は吸《す》へるこた吸《す》へんのよ」卯平《うへい》は自分《じぶん》の手柄《てがら》でも語《かた》るやうないひ方《かた》であつた。
「食料《くひもの》措《を》しがるなんち業《ごふ》つくばりもねえもんぢやねえか、本當《ほんたう》に罰《ばち》つたかりだから、俺《お》らだら生《い》かしちや置《お》かねえ、いや全《まつた》くだよ、親《おや》のげ食《か》あせんの惜《をし》いなんち野郎《やらう》は突《つ》つ刺《ぷ》したつて申《まを》し開《ひら》き立《た》つとも、俺《お》らだら立派《りつぱ》に立《た》てゝ見《み》せらな、卯平《うへい》確乎《しつかり》しろ、俺《お》らだら勘次等《かんじら》位《ぐれえ》なゝ又《また》うんち目《め》に逢《あ》あせらな、いや本當《ほんたう》に俺《お》れに掛《かゝ》つちや酷《ひで》えかんなこんで」爺《ぢい》さんは激《はげ》しくさうして例《れい》の自慢《じまん》をいひ續《つゞ》けた。
「さうだこと云《ゆ》つたつておめえ、以前《めえかた》から他人《ひと》のこと切《き》つたこともねえ癖《くせ》に」側《そば》から服裝《みなり》の好《い》い婆《ばあ》さんが貶《くさ》していつた。
「そんだが、此《こ》の年齡《とし》になつて懲役《ちようえき》に行《え》ぐな厭《や》よ俺《お》れも」爺《ぢい》さんはずつと垂《た》れた頭《あたま》を手《て》で抑《おさ》へて笑《わら》ひこけた。婆《ばあ》さん等《ら》もどつと哄笑《どよめ》いた。
「勘次等《かんじら》、そん時《とき》から俺《お》れた口《くち》も利《き》かねえや」卯平《うへい》は他人《ひと》には頓着《とんぢやく》なしにかういつて其《そ》の舌《した》を鳴《な》らして唾《つば》を嚥《の》んだ。
「口《くち》利《き》かねえ、そんだら口《くち》兩方《りやうはう》へふん裂《ぜ》えてやれ、さあ利《き》くか利《き》かねえかと斯《か》うだ」小柄《こがら》な爺《ぢい》さんは自分《じぶん》の口《くち》を兩手《りやうて》の指《ゆび》でぐつと擴《ひろ》げていつた、圍爐裏《ゐろり》の邊《あたり》は暫《しばら》く騷《さわ》ぎが止《や》まなかつた。卯平《うへい》の心《こゝろ》も假令《たとひ》一|時的《じてき》でも周圍《しうゐ》の刺戟《しげき》から幾分《いくぶん》の力《ちから》を添《そへ》られて或《ある》勢《いきほ》ひを恢復《くわいふく》したのであつた。
「確乎《しつかり》しろえ、えゝから」小柄《こがら》な爺《ぢい》さんは別《わか》れる時《とき》復《また》呶鳴《どな》つた。卯平《うへい》の足《あし》もとは稍《やゝ》力《ちから》づいて見《み》えて居《ゐ》た。
卯平《うへい》は念佛寮《ねんぶつれう》から歸《かへ》つて來《き》た時《とき》どかりと火鉢《ひばち》の前《まへ》に坐《すわ》つた。彼《かれ》は勢《いきほ》ひづけられて居《ゐ》た。勘次《かんじ》は例《れい》の如《ごと》く遠《とほ》ざかつた。
「おつう、米《こめ》と挽割麥《ひきわり》出《だ》せ」卯平《うへい》は座《ざ》に就《つ》くと突然《とつぜん》かういつた。
「夥多《みつしら》出《だ》せ」間《あひだ》を措《お》いて又《また》いつた。
「何《なに》すんでえ、爺《ぢい》は」おつぎはそれを輕《かる》く受《うけ》て斯《か》
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