れてやる爲《ため》であつた。飯《めし》つぎには大抵《たいてい》菱餅《ひしもち》と小豆飯《あづきめし》とが入《い》れられてあつた。小豆飯《あづきめし》はどれも/\米《こめ》が能《よ》く搗《つ》けてないのでくすんでさうして腹《はら》の裂《さ》けた小豆《あづき》が粉《こ》を吐《は》いて餘計《よけい》に粘氣《ねばりけ》のないぼろ/\な飯《めし》になつて居《ゐ》た。それでも飯《めし》つぎの異《ことな》る毎《ごと》に小豆飯《あづきめし》の赤《あか》さが幾《いく》らかづつ變《かは》つて居《ゐ》た。子供等《こどもら》は變《かは》つた小豆飯《あづきめし》が一箸々々《ひとはし/\》と殖《ふ》えて行《ゆ》くのが嬉《うれ》しくて、外《そと》へ轉《ころ》がつたのは慌《あわ》てゝ手《て》でとつて紙《かみ》へ載《の》せた。小豆飯《あづきめし》は昨日《きのふ》に異《ことな》つたことはなかつたが、菱餅《ひしもち》は昨日《きのふ》のやうに米《こめ》のではなくてどれでも粟《あは》ばかりであつた。子供等《こどもら》は大小《だいせう》異《ことな》つた粟《あは》の菱餅《ひしもち》が一つは一つと紙《かみ》の上《うへ》に分量《ぶんりやう》を増《ま》して積《つ》まれるのを樂《たの》しげにして、自分《じぶん》の紙《かみ》から兩方《りやうはう》の隣《となり》の紙《かみ》から遠《とほ》くの方《はう》から、それから一つ/\に屈《かゞ》んで箸《はし》を動《うご》かして居《ゐ》る婆《ばあ》さん等《ら》の忙《せは》しい手《て》もとに目《め》を奪《と》られるのであつた。婆《ばあ》さん等《ら》はそは/\としつゝ狹《せま》いので互《たがひ》に衝突《つきあた》つては騷《さわ》ぎながら、自分《じぶん》の家《いへ》に居《ゐ》る時《とき》のやうな節制《たしなみ》が少《すこ》しも保《たも》たれて居《ゐ》なかつた。
「さあ、汝《わ》つ等《ら》此《こ》れつきりだ」婆《ばあ》さん等《ら》が空虚《から》になつた最後《さいご》の飯《めし》つぎの底《そこ》を叩《たゝ》いて腰《こし》を伸《の》ばした時《とき》、子供等《こどもら》は危《あぶ》な相《さう》な手《て》で漸《やうや》く紙《かみ》を包《つゝ》んで、がた/\と先《さき》を爭《あらそ》うて立《た》つた。下駄《げた》を遠《とほ》くへ跳《は》ね飛《と》ばされたり、轉《ころが》つたり、紙包《かみづゝみ》の餅《もち》を落《おと》したりして泣《な》く聲《こゑ》が相《あひ》交《まじ》つた。彼等《かれら》は庭《には》へおりてから徐《おもむ》ろに其《そ》の紙《かみ》を開《ひら》いて小豆飯《あづきめし》を手《て》で抓《つま》んで喫《た》べた。紙《かみ》にくつゝいた小豆飯《あづきめし》を彼等《かれら》は齒《は》で噛《かじ》るやうにしてとつた。破《やぶ》れた紙《かみ》を棄《す》てゝ菱餅《ひしもち》を懷《ふところ》へ入《い》れるものもあつた。庭《には》にはそつちにもこつちにも棄《す》てられた紙《かみ》が白《しろ》く亂《みだ》れて散《ち》らばつて居《ゐ》た。
 老人等《としよりら》は圍爐裏《ゐろり》に絶《た》えず薪《たきぎ》を燻《く》べながら酒《さけ》を沸《わか》し始《はじ》めた。村落《むら》のどの家《うち》からか今日《けふ》も念佛衆《ねんぶつしう》へというて供《そな》へられた二|升樽《しようだる》を圍爐裏《ゐろり》の側《そば》へ引《ひ》きつけて、臀《しり》の煤《すゝ》けた土瓶《どびん》へごぼ/\と注《つ》いで自在鍵《じざいかぎ》へ掛《か》けた。外《そと》が餘《あま》りに寒《さむ》いからといふので念佛《ねんぶつ》が濟《す》んでから誰《たれ》かゞ雨戸《あまど》を二三|枚《まい》引《ひ》いたので寮《れう》の内《うち》は薄闇《うすぐら》くなつて居《ゐ》た。佛壇《ぶつだん》の前《まへ》には婆《ばあ》さんが三四|人《にん》でひそ/″\と額《ひたひ》を鳩《あつ》めて居《ゐ》る。
「此《こ》の婆奴等《ばゝあめら》、そつちの方《はう》で偸嘴《ぬすみぐひ》してねえで、佳味《うめ》え物《もの》有《あ》つたら此方《こつち》へ持《も》つて來《こ》う」先刻《さつき》の首《くび》へ珠數《じゆず》を卷《ま》いた小柄《こがら》な爺《ぢい》さんが呶鳴《どな》つた。
「盜《ぬす》んだつち譯《わけ》ぢやねえが、蓋《ふた》とつて見《み》た處《ところ》なんだよ」さういつて婆《ばあ》さん等《ら》は風呂敷《ふろしき》の四隅《よすみ》を掴《つか》んで圍爐裏《ゐろり》の側《そば》へ持《も》つて來《き》た。飯《めし》つぎには干瓢《かんぺう》を帶《おび》にした稻荷鮨《いなりずし》が少《すこ》し白《しろ》い腹《はら》を見《み》せてそつくりと積《つ》まれてあつた。鮨《すし》は少《すこ》し減《へ》つて居《ゐ》た。
「獨《ひとり》でせしめちやえかねえか
前へ 次へ
全239ページ中190ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング