ち》では米《こめ》の菱餅《ひしもち》を出《だ》すのが常例《じやうれい》であるが勘次《かんじ》にはさういふ暇《ひま》がないのでおつぎは僅《わづか》に小豆飯《あづきめし》を炊《たい》て重箱《ぢゆうばこ》を持《もつ》て行《い》つたのであつた。凡《すべ》ての老人《としより》が殆《ほとん》ど狂《きやう》するばかりに騷《さわ》ぐ二日《ふつか》の其《その》一|日《にち》が卯平《うへい》には不快《ふくわい》でさうして無意味《むいみ》に費《つひや》された。彼《かれ》は夜《よ》になつてから
「爺《ぢい》、今朝《けさ》のお飯《まんま》冷《つめ》たく成《な》つたつけべ俺《お》ら忘《わす》れて喚《よ》ばりに行《え》つたのがよ、さうしたら爺《ぢい》は疾《とつく》に居《え》ねえのがんだもの、そんでも先刻《さつき》はがや/\一|杯《ぺえ》居《え》るやうだつけがあつちぢや甘《うめ》え物《もの》あつて爺等《ぢいら》とつ返《けえ》しとつたんべなあ」とおつぎが少《すこ》し甘《あま》えたやうにいつたことを彼《かれ》は有繋《さすが》に憎《にく》いと思《おも》つては聞《き》かなかつた。

         二三

 念佛《ねんぶつ》は次《つぎ》の日《ひ》も同一《どういつ》に反覆《はんぷく》された。午後《ごご》になつて村落《むら》のどの家《いへ》からも復《ま》た風呂敷包《ふろしきづゝみ》が運《はこ》ばれた。子供等《こどもら》は學校《がくかう》から歸《かへ》つて風呂數包《ふろしきづゝみ》を脊負《しよ》つたのも、乳呑兒《ちのみご》を帶《おび》で括《くゝ》つたのも大抵《たいてい》は寮《れう》の庭《には》へ集《あつま》つた。
「さあそんぢや又《また》、みんな上《あが》れ」と婆《ばあ》さん等《ら》がいふと閾際《しきゐぎは》に迫《せま》つて待《ま》つて居《ゐ》た子供等《こどもら》は爭《あらそ》うて席《せき》をとつた。彼等《かれら》は今日《けふ》も狹《せま》い寮《れう》の内側《うちがは》にぎつしりと膝《ひざ》を窄《すぼ》めて坐《すわ》つた。四五|人《にん》の婆《ばあ》さん等《ら》は佛壇《ぶつだん》の前《まへ》に積《つ》まれてあつた風呂敷包《ふろしきづゝみ》を解《と》きながらひそ/″\と耳語《さゝや》いた。
「此《こ》りや何《なん》だと思《おも》つたら、鮨《すし》だよ」と一人《ひとり》の婆《ばあ》さんがいへば
「そんぢや、そつちへ別《べつ》にして置《お》けよおめえ」
「そんぢやこつちのがも別《べつ》にして置《お》くべよ、なあ」婆《ばあ》さん等《ら》は頗《すこぶ》る慌《あわ》てたやうに手《て》もと忙《せは》しく三つ四つの風呂敷包《ふろしきづゝみ》をそつと佛壇《ぶつだん》へ隱《かく》した。さうして居《ゐ》る内《うち》に他《ほか》の婆《ばあ》さん等《ら》は
「みんな、おとなしく仕《し》なくつちや、呉《く》んねえぞ」
「さうだに洟《はな》垂《た》らしてるものげはやんねえことにすべえ」口々《くち/″\》に揶揄《からか》つた。子供等《こどもら》は一|齊《せい》に洟《はな》を啜《すゝ》つてさうして衣物《きもの》で横《よこ》に拭《ぬぐ》つた。白《しろ》い紙《かみ》が一|枚《まい》づつ子供等《こどもら》の前《まへ》に擴《ひろ》げられた。
「子奴等《こめら》こと云《ゆ》つて、手洟《てばな》なんぞかんだ手《て》ぢや引《ひ》かねえで呉《く》ろえ、おめえ等《ら》も勿體《もつてえ》ねえから」婆《ばあ》さん等《ら》が飯《めし》つぎを左《ひだり》の手《て》に抱《かゝ》へて立《た》つた時《とき》、かう圍爐裏《ゐろり》の側《そば》から呶鳴《どな》つた。彼《かれ》は小柄《こがら》な爺《ぢい》さんで一寸《ちよつと》婆《ばあ》さん等《ら》を顧《かへり》みて微笑《びせう》しながらいつたのである。彼《かれ》は喉《のど》へ二|重《ぢゆう》にした珠數《じゆず》を卷《ま》いて居《ゐ》た。彼《かれ》の聲《こゑ》は恐《おそ》ろしく大《おほ》きかつた。婆《ばあ》さん等《ら》は
「はい/\、そんぢや手《て》でも洗《あら》ひますべよ」といつたり
「俺《お》らおめえ、手洟《てばな》はかまねえよ」といつたりがら/\と騷《さわ》ぎながら、笑《わら》ひ私語《さゝや》きつゝ、濡《ぬ》れた手《て》を前掛《まへかけ》で拭《ふ》いて再《ふたゝ》び飯《めし》つぎを抱《かゝ》へた。婆《ばあ》さん等《ら》は箸《はし》の先《さき》で少《すこ》しづつ、飯《めし》つぎの物《もの》を突《つ》つ掛《か》けて其《そ》の擴《ひろ》げられた紙《かみ》へ置《お》きつゝ、端《はし》からぐるりと廻《まは》つて行《ゆ》く。紙《かみ》は子供等《こどもら》の數《かず》の外《ほか》にも敷《し》かれてあつた。それは空虚《から》になつた飯《めし》つぎを返《かへ》す時《とき》に其《そ》の中《なか》へ入《い》
前へ 次へ
全239ページ中189ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング