後《うしろ》の戸口《とぐち》から家《うち》へもどつた時《とき》更《さら》に叫《さけ》んだ勘次《かんじ》の聲《こゑ》を聞《き》くと共《とも》に、天秤《てんびん》を擔《かつ》いだ儘《まゝ》ぼんやり立《た》つて居《ゐ》る商人《あきんど》の姿《すがた》を庭葢《にはぶた》の上《うへ》に見《み》た。
「お品《しな》卵《たまご》欲《ほ》しいと」勘次《かんじ》は次《つぎ》の桶《をけ》の青菜《あをな》に鹽《しほ》を振《ふ》り掛《か》けながらいつた。
「幾《いく》らか有《あ》つたつけな」お品《しな》は戸棚《とだな》の抽斗《ひきだし》から白《しろ》い皮《かは》の卵《たまご》を廿ばかり出《だ》した。
「おつう、四五日|見《み》ねえで居《ゐ》たつけが塒《とや》にも幾《いく》らか有《あ》つたつけべ、あがつて見《み》ねえか」おつぎに吩附《いひつ》けた。おつぎは米俵《こめだはら》へ登《のぼ》つて其《その》上《うへ》に低《ひく》く釣《つ》つた竹籃《たけかご》の塒《とや》を覗《のぞ》いた時《とき》、牝※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《めんどり》が一|羽《は》けたゝましく飛《と》び出《だ》して後《うしろ》の楢《なら》の木《き》の中《なか》へ鳴《な》き込《こ》んだ。他《た》の鷄《にはとり》も一しきり共《とも》に喧《やかま》しく鳴《な》いた。おつぎは手《て》を延《の》ばしては卵《たまご》を一つ/\に取《と》つて袂《たもと》へ入《い》れた。おつぎは袂《たもと》をぶら/\させて危相《あぶなさう》に米俵《こめだはら》を降《お》りた。其處《そこ》にも卵《たまご》は六つばかりあつた。商人《あきんど》は卸《おろ》した四|角《かく》なぼて笊《ざる》から眞鍮《しんちう》の皿《さら》と鍵《かぎ》が吊《つる》された秤《はかり》を出《だ》した。
「掛《かけ》は幾《いく》らだね」お品《しな》は聞《き》いた。
「十一|半《はん》さ、近頃《ちかごろ》どうも安《やす》くつてな」商人《あきんど》はいひながら淺《あさ》い目笊《めざる》へ卵《たまご》を入《い》れて萠黄《もえぎ》の紐《ひも》のたどり[#「たどり」に傍点]を持《も》つて秤《はかり》の棹《さを》を目《め》八|分《ぶ》にして、さうして分銅《ふんどう》の絲《いと》をぎつと抑《おさ》へた儘《まゝ》銀色《ぎんいろ》の目《め》を數《かぞ》へた。玩具《おもちや》のやうな小《ちひ》さな十露盤《そろばん》を出《だ》して商人《あきんど》は
「皆掛《みながけ》が四百廿三|匁《もんめ》二|分《ぶ》だからなそれ」秤《はかり》の目《め》をお品《しな》に見《み》せて十露盤《そろばん》の玉《たま》を彈《はじ》いた。
「風袋《ふうたい》を引《ひ》くと四百八|匁《もんめ》二|分《ぶ》か、どうした幾《いく》つだ廿六かな、さうすると一《ひと》つが」商人《あきんど》のいひ畢《をは》らぬうちにお品《しな》は
「幾《いく》らなんでえ、此《こ》の風袋《ふうたい》は」と聞《き》いた。
「十五|匁《もんめ》だな」
「大概《てえげえ》十|匁《もんめ》ぢやねえけえ」
「そんだら見《み》さつせえそれ、十五|匁《もんめ》だんべ、俺《おら》がな他人《たにん》のがよりや大《え》けえんだかんな」商人《あきんど》は目笊《めざる》の目《め》を掛《か》けて見《み》せて
「はて、一つ十五|匁《もんめ》七|分《ぶ》づゝだ、粒《つぶ》は小《ちひ》せえ方《はう》だな」商人《あきんど》はゆつくり十露盤《そろばん》の玉《たま》を彈《はじ》いて
「四十六|錢《せん》八|厘《りん》六|毛《まう》三|朱《しゆ》と成《な》るんだが、此《こ》りや八|厘《りん》として貰《もら》つてな」と商人《あきんど》は財布《さいふ》から自分《じぶん》の手《て》へ錢《ぜに》を明《あ》けた。
「お品《しな》おめえ自分《じぶん》でも喰《く》つたらよかねえけ、幾《いく》つでも取《と》つて置《お》けな」勘次《かんじ》は鹽《しほ》だらけにした手《て》を止《と》めて遠《とほ》くから呶鳴《どな》つた。
「此《こ》の錢《ぜに》で外《ほか》の物《もの》買《か》つて喰《く》つた方《はう》がえゝから此《こ》れ丈《だけ》は遣《や》るとすべえよ、折角《せつかく》勘定《かんぢやう》もしたもんだからよ、俺《お》ら大層《たえそ》よくなつたんだから大丈夫《だえぢよぶ》だよ」お品《しな》はいつた。
「そんなこといはねえで幾《いく》つでも取《と》つて置《お》けよ、癒《なほ》り際《ぎは》が氣《き》を附《つ》けねえぢやえかねえもんだから」勘次《かんじ》は漬菜《つけな》の手《て》を放《はな》して檐下《のきした》へ來《き》た。手《て》も足《あし》も茹《ゆ》でたやうに赤《あか》くなつて居《ゐ》る。
「それぢやちつとも殘《のこ》したものかな」お品《しな》は小《ちひ》さなのを二つ取《と》つた
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