でも曳《ひ》ける丈《だけ》曳《ひ》くべ」勘次《かんじ》はおつぎを連《つ》れて出《で》た。冬至《とうじ》になるまで畑《はたけ》の菜《な》を打棄《うつちや》つて置《お》くものは村《むら》には一人《ひとり》もないのであつた。勘次《かんじ》は荷車《にぐるま》を借《か》りて黄昏《ひくれ》までに二|車《くるま》挽《ひ》いた。青菜《あをな》の下葉《したば》はもうよく/\黄色《きいろ》に枯《か》れて居《ゐ》た。お品《しな》は二人《ふたり》を出《だ》し薄暗《うすぐら》くなつた家《いへ》にぼつさりして居《ゐ》ても畑《はたけ》の收穫《しうくわく》を思案《しあん》して寂《さび》しい不足《ふそく》を感《かん》じはしなかつた。
 夏季《かき》の忙《いそが》しいさうして野菜《やさい》の缺乏《けつばふ》した時《とき》には彼等《かれら》の唯一《ゆゐいつ》の副食物《ふくしよくぶつ》が鹽《しほ》を噛《か》むやうな漬物《つけもの》に限《かぎ》られて居《ゐ》るので、大根《だいこ》でも青菜《あをな》でも比較的《ひかくてき》餘計《よけい》な蓄《たくは》へをすることが彼等《かれら》には重大《ぢゆうだい》な條件《でうけん》の一《ひと》つに成《な》つてるのである。
 冬至《とうじ》の日《ひ》も靜《しづ》かであつた。此《こ》の頃《ごろ》になつてから此處《ここ》ばかりは忘《わす》れたかと思《おも》ふやうに西風《にしかぜ》が止《や》んで居《ゐ》る。晝《ひる》の一《ひと》しきりは冷《つめ》たい空氣《くうき》を透《とほ》して日《ひ》が暖《あたゝ》かに射《さ》し掛《か》けた。お品《しな》は朝《あさ》から心持《こゝろもち》が晴々《はれ/″\》して日《ひ》が昇《のぼ》るに連《つ》れて蒲團《ふとん》へ起《お》き直《なほ》つて見《み》たが、身體《からだ》が力《ちから》の無《な》いながらに妙《めう》に輕《かる》く成《な》つたことを感《かん》じた。自分《じぶん》の蒲團《ふとん》の側《そば》まで射《さ》し込《こ》む日《ひ》に誘《さそ》ひ出《だ》されたやうに、雨戸《あまど》の閾際《しきゐぎは》まで出《で》て與吉《よきち》を抱《だ》いては倒《たふ》して見《み》たり、擽《くすぐ》つて見《み》たりして騷《さわ》がした。
 勘次《かんじ》はおつぎを相手《あひて》に井戸端《ゐどばた》で青菜《あをな》の始末《しまつ》をして居《ゐ》る。根《ね》を切《き》つて桶《をけ》で洗《あら》つた青菜《あをな》は、地《ち》べたへ横《よこた》へた梯子《はしご》の上《うへ》に一|枚《まい》外《はづ》して行《い》つて載《の》せた其《その》戸板《といた》へ積《つ》まれた。菜《な》が洗《あら》ひ畢《をは》つた時《とき》枯葉《かれは》の多《おほ》いやうなのは皆《みな》釜《かま》で茹《ゆ》でゝ後《うしろ》の林《はやし》の楢《なら》の幹《みき》へ繩《なは》を渡《わた》して干菜《ほしな》に掛《か》けた。自分等《じぶんら》の晝餐《ひる》の菜《さい》にも一釜《ひとかま》茹《ゆ》でた。お品《しな》は僅《わづか》な日數《ひかず》を横《よこ》に成《な》つて居《ゐ》たばかりに目《め》が衰《おとろ》へたものか日《ひ》の稍《やゝ》眩《まぶし》いのを感《かん》じつゝ其《そ》の日《ひ》の光《ひかり》を全身《ぜんしん》に浴《あ》びながら二人《ふたり》のするのを見《み》て居《ゐ》た。さうして茹菜《ゆでな》の一皿《ひとさら》が幾《いく》らか渇《かつ》を覺《おぼ》えた所爲《せゐ》か非常《ひじやう》に佳味《うま》く感《かん》じた。
 青菜《あをな》の水《みず》が切《き》れたので勘次《かんじ》は桶《をけ》へ鹽《しほ》を振《ふ》つては青菜《あをな》を足《あし》でぎり/\と蹂《ふ》みつけて又《また》鹽《しほ》を振《ふ》つては蹂《ふ》みつける。お品《しな》は鹽《しほ》の加減《かげん》やら何《なに》やら先刻《さつき》から頻《しき》りに口《くち》を出《だ》して居《ゐ》る。勘次《かんじ》はお品《しな》のいふ通《とほ》りに運《はこ》んで居《ゐ》る。
 お品《しな》は起《お》きて居《ゐ》ても別《べつ》に疲《つか》れもしないのでそつと草履《ざうり》を穿《は》いて後《うしろ》の戸口《とぐち》から出《で》て楢《なら》の木《き》へ引《ひ》つ張《ぱ》つた干菜《ほしな》を見《み》た。それから林《はやし》を斜《なゝめ》に田《た》の端《はた》へおりて又《また》牛胡頽子《うしぐみ》の側《そば》に立《た》つて其處《そこ》をそつと踏《ふ》み固《かた》めた。それから暫《しばら》く周圍《あたり》を見《み》て立《た》つて居《ゐ》た。お品《しな》は庭先《にはさき》から喚《よ》ぶ勘次《かんじ》の大《おほ》きな聲《こゑ》を聞《き》いた。竹《たけ》や木《き》の幹《みき》に手《て》を掛《か》けながら斜《なゝ》めに林《はやし》をのぼつて
前へ 次へ
全239ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング