に交《ま》ぜてそれから又《また》大《おほ》きな南瓜《たうなす》を三《み》つばかり土間《どま》へ竝《なら》べた。
「そんぢや大層《たえそ》厄介《やつけえ》掛《か》けて濟《す》まねえな、そんぢや俺《お》ら米《こめ》ばかし脊負《しよ》つてつて明日《あした》でも又《また》南瓜《たうなす》はとりに來《く》るとすべえよ、そんぢや此《こ》ら、米《こめ》大變《たいへん》だから俺《お》れが風呂敷《ふろしき》ぢやちつと小《ち》つちえんだが大《え》かえの有《あ》れば貸《か》してくんねえか」おつたはおつぎへいひ掛《か》けた。
「俺《お》ら家《ぢ》にやねえが、爺《ぢい》がな有《あ》つたつけな、おとつゝあ」さういつておつぎは小走《こばし》りに卯平《うへい》の小屋《こや》へ行《い》つた。先刻《さつき》まで見《み》えなかつた卯平《うへい》が何處《どこ》から歸《かへ》つて來《き》たかむつゝりとして獨《ひとり》で煙管《きせる》を噛《かん》で居《ゐ》た。
「爺《ぢい》居《ゐ》たんだな、俺《おら》居《ゐ》ねえけりや默《だま》つて借《か》りてくべと思《おも》つたんだつけが、明日《あした》まで伯母《をば》さん大《え》かえ風呂敷《ふろしき》要《え》るつちから貸《か》してくんねえか、米《こめ》脊負《しよ》つて行《え》くんだから」おつぎは突然《だしぬけ》にいつた。
「うむ」と卯平《うへい》は不器用《ぶきよう》に風呂敷《ふろしき》を出《だ》してさうしておつぎの後《うしろ》からおつたの側《そば》へのつそりと來《き》て立《た》つた。
「此《こ》れまあ、勘次等《かんじら》にも濟《す》まねえつちつてつ處《ところ》さ、わし等《ら》も洪水《みづ》でねえ」おつたは風呂敷《ふろしき》で南京米《なんきんまい》の袋《ふくろ》をきりつと包《つゝ》んだ。
「そんぢや此《こ》の南瓜《たうなす》も俺《お》れ貰《もら》つてえゝんだな、馬鹿《ばか》に大《え》けえ南瓜《たうなす》ぢやねえかな、明日《あした》まで置《お》いてくろうな」おつたは始終《しよつちう》笑顏《えがほ》を作《つく》つて居《ゐ》る處《ところ》へ南《みなみ》の女房《にようばう》は葱《ねぎ》を一束《ひとたば》藁《わら》でくるんだのを抱《かゝ》へて來《き》た。
「どうも濟《す》みませんねこら」おつたは勘次《かんじ》を見《み》て
「どうしたもんだ、たえした葱《ねぎ》ぢやねえか、本當《ほんたう》に濟《す》まねえな、そんぢや此《こ》れも明日《あした》までとつて置《お》いてくろうな」と更《さら》に又《また》臀《しり》を据《す》ゑて一|杯《ぱい》の茶《ちや》を啜《すゝ》つた。
「おやツ、此《こ》の栗《くり》は笑《ゑ》んでんだなはあ」庭先《にはさき》の栗《くり》の梢《こずゑ》に始《はじ》めて目《め》をつけた樣《やう》におつたはいつた。
「此間《こねえだ》からなんでさ、ちつとばかしだが落《お》ちたの有《あ》りあんさ」おつぎは小笊《こざる》の底《そこ》の粒栗《つぶぐり》を出《だ》して
「あつちになけりや持《も》つてつたらようござんせう、大豆《でえづ》もこれ打《ぶ》つた處《ところ》なら持《も》つてくとえゝんでがしたがね」おつぎは快《こゝろよ》くいつた。
「さうだな、そんぢや貰《もら》つて行《え》くかな」おつたは手拭《てぬぐひ》の兩端《りやうはし》へ栗《くり》を括《くゝ》つた。
「こつちのおとつゝあん、此《こ》れわし役場《やくば》から下《さが》つたの持《も》つて來《き》て見《み》たんだが一つ分《わ》けて貰《もら》つたらようがせう、滅多《めつた》ねえ味《あぢ》のもんだから」おつぎが先刻《さつき》藏《しま》ふことを勘次《かんじ》に促《うなが》されてもおつたの手前《てまへ》を憚《はゞか》つた樣《やう》にして其《そ》の儘《まゝ》にして置《お》いた牛肉《ぎうにく》の鑵詰《くわんづめ》の一つをおつたは卯平《うへい》へやつた。卯平《うへい》は窪《くぼ》んだ目《め》を蹙《しか》めるやうにした。勘次《かんじ》は放心《うつかり》した自分《じぶん》の懷《ふところ》の物《もの》を奪《うば》はれた程《ほど》の驚愕《きやうがく》と不快《ふくわい》との目《め》を以《もつ》て卯平《うへい》とおつたとを見《み》た。おつたは重相《おもさう》な風呂敷包《ふろしきづゝみ》をうんと脊負《しよ》つて胸《むね》の結《むす》び目《め》へ兩手《りやうて》を掛《か》けて包《つゝみ》の据《すわ》りを好《よ》くする爲《ため》に二三|度《ど》搖《ゆす》つた。
「そんぢや明日《あした》またお目《め》にかゝりあんせう」おつたは一|同《どう》へ挨拶《あいさつ》して
「此《こ》りやよかつた、本當《ほんたう》にまあ」聞《きこ》えよがしに獨語《どくご》しながらおつたは庭《には》から垣根《かきね》を出《で》た。勘次《かんじ》は自分《じぶん》
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