の側《そば》に牛鑵《ぎうくわん》を手《て》にして立《た》つた卯平《うへい》を改《あらた》めて更《さら》に不快《ふくわい》な目《め》を以《もつ》て凝視《ぎようし》しながら、彼《かれ》の心《こゝろ》の裡《うち》には惜《を》しかつたといふ念慮《ねんりよ》が何《なん》といふことはなしに只《たゞ》ふいと湧《わ》いたのであつた。
「袋《ふくろ》は明日《あした》持《も》つて來《き》てくんなくつちや畢《を》へねえぞ」と勘次《かんじ》はおつたの後《あと》から追《お》ひ掛《か》けるやうにしていつた。
 おつたは垣根《かきね》に添《そ》うて後《うしろ》の林《はやし》の側《そば》から田圃《たんぼ》へ出《で》た。道端《みちばた》の竹《たけ》の梢《こずゑ》には何處《どこ》までも偃《は》うて一|杯《ぱい》に乘《の》り掛《かゝ》らねば止《や》むまいとする毒《どく》なせんにん草《さう》がくつきりと白《しろ》く誇《ほこ》つて居《ゐ》る。小《ちひ》さな身體《からだ》でありながら少《すこ》し鋭《するど》い嘴《くちばし》を持《も》つたばかりに、果敢《はか》ない雀《すゞめ》や頬白《ほゝじろ》の前《まへ》にのみ威力《ゐりよく》を逞《たくま》しくする鵙《もず》が小《ちひ》さな勝利者《しようりしや》の聲《こゑ》を放《はな》つてきい/\と際《きは》どく何處《どこ》かの木《き》の天邊《てつぺん》で鳴《な》いて居《ゐ》た。
 其《そ》の夜《よ》勘次《かんじ》の家《いへ》には突然《とつぜん》一|同《どう》を驚愕《きやうがく》せしめた事件《じけん》が起《おこ》つた。それは事《こと》もなく濟《す》んでさうして餘《あま》りに滑稽《こつけい》な分子《ぶんし》を交《まじ》へて居《ゐ》た。與吉《よきち》は其《そ》の日《ひ》の夕方《ゆふがた》、紙《かみ》へ包《つゝ》んだ食鹽《しよくえん》を一《ひと》つ盜《ぬす》んだ。彼《かれ》は從來《じうらい》見《み》たことのない綺麗《きれい》な菓子《くわし》を發見《はつけん》したと思《おも》つて心《こゝろ》が躍《をど》つた。それでも彼《かれ》は其《そ》の半分《はんぶん》を割《わ》つていきなり嚥《の》み下《くだ》した。彼《かれ》は喉《のど》がぢり/\と焦《こ》げつく程《ほど》非常《ひじやう》な苦惱《くなう》を感《かん》じた。勘次《かんじ》もおつぎも只《たゞ》慌《あわ》てた。勘次《かんじ》は其《そ》の原因《げんいん》を知《し》つて
「汝《わ》りや馬鹿《ばか》だな本當《ほんたう》に、何《なん》ち馬鹿《ばか》だんべなあ」と叱《しか》つて見《み》るだけであつた。勘次《かんじ》が餘《あま》りに叱《しか》るので
「そんなに怒《おこ》つたつて癒《なほ》るめえな、おとつゝあは」と遂《つひ》にはおつぎが勘次《かんじ》を叱《しか》つた。與吉《よきち》は只《たゞ》苦《くる》しんで胸《むね》を掻《か》き※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《むし》る樣《やう》にしつゝ顛《ころ》がつて泣《な》いた。卯平《うへい》は騷《さわ》ぎを聞《き》いてのつそりと來《き》た。
「水《みづ》飮《の》ませて見《み》ろ」彼《かれ》は慌《あわ》てるといふことを知《し》らぬものゝ如《ごと》く一|言《ごん》いつた。おつぎは直《すぐ》に柄杓《ひしやく》で水《みづ》を汲《く》んだ。與吉《よきち》は幾《いく》らでも柄《え》に縋《すが》つて飮《の》んだ。
「※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《にはとり》納豆《なつとう》くつたつて死《し》なねえ内《うち》に水《みづ》飮《の》ませりや何《なん》ともねんだもの、水《みづ》飮《の》ませりやそんなに騷《さわ》ぐにやあたらねえ」卯平《うへい》はいつて自分《じぶん》でも又《また》飮《の》ませた。與吉《よきち》の枕元《まくらもと》に三|人《にん》は徹宵《よつぴて》眠《ねむ》らなかつた。恐《おそ》ろしく多量《たりやう》の水《みづ》を飮《の》んだ與吉《よきち》は遂《つひ》にすや/\と眠《ねむ》つた。さうして翌朝《よくあさ》けそ/\と癒《なほ》つて驅《か》け出《だ》したのであつた。
 次《つぎ》の日《ひ》おつたは復《また》來《き》た。おつたは自分《じぶん》が無意識《むいしき》に種《たね》を蒔《ま》いた昨夜《さくや》の騷《さわ》ぎを知《し》つてる筈《はず》がないので、昨日《きのふ》の如《ごと》く威勢《ゐせい》がよかつた。勘次《かんじ》は睡眠《すゐみん》の不足《ふそく》から更《さら》に餘計《よけい》に不快《ふくわい》の目《め》を蹙《しか》めた。自分《じぶん》の風呂敷《ふろしき》へ軒《のき》の下《した》に竝《なら》べてある三つの南瓜《たうなす》を包《つゝ》まうとしておつたは
「俺《お》れが南瓜《たうなす》は此《こ》れだつけかな」と不審相《ふしんさう》にいつた。
「それだんべな」勘次《か
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