かいた》が白《しら》つ黴《かび》に成《な》つちやつて此《こ》れがまだなか/\干《ひ》ねえから疊《たゝみ》なんざ何時《いつ》敷《し》つ込《こ》めるもんだか分《わか》んねえのさ、そんでまた田《た》でも畑《はたけ》でも引《ひ》つ被《かぶ》つた處《とこ》は水《みづ》干《ひ》てから腐《くさ》つてるもんだから其《そ》の臭《くせ》えことが又《また》噺《はなし》にやなんねえや、俺《お》ら作物《さくもつ》ばかし困《こま》んだと思《おも》つたら、畑《はたけ》の桐《きり》の木《き》でも樫《かし》の木《き》でも今《いま》ん成《な》つてからぼろ/\葉々《はつぱ》が落《おつ》こつちやつて可怖《おつかね》えもんだよ」おつたはいひながら風呂敷《ふろしき》を解《と》いた。やまと煮《に》と書《か》いた牛肉《ぎうにく》の鑵詰《くわんづめ》が三|本《ぼん》と菓子《くわし》でもあるかと思《おも》ふ小《ちひ》さな紙包《かみづゝみ》の堅《かた》めた食鹽《しよくえん》の四つ五つとが出《で》た。
「此《こ》れなあ、そんでも難有《ありがて》えことに、水浸《みづびたし》に成《な》つた家《いへ》さは役場《やくば》から一軒毎《えつけんごめら》に下《さ》げ渡《わた》しになつたんだよ、俺《お》らまたこつちの家《うち》なんぞぢやどうえ鹽梅《あんべえ》だと思《おも》つて暫《しばら》く外《ほか》へも出《で》たことねえもんだから出《で》ても見《み》てえし、かうえ物《もの》自分《じぶん》でばかし口《くち》開《あ》けつちやあのも何《なん》だと思《おも》つて持《もつ》て來《き》て見《み》たのよ、俺《お》ら一《ひと》つ手《てえ》つけて見《み》たが何程《なんぼ》えゝ味《あぢ》のもんだか知《し》んねえや」おつたは空《から》になつたかなり大《おほ》きな風呂敷《ふろしき》を幾《いく》つかに折《を》つた。
「おゝえや、たえしたもんだね、此《こ》れ鹽《しほ》だんべけまあ、見《み》てえたつて見《み》らつるもんぢやねえよ、かうえ物《もの》あねえ、能《よ》くまあ持《も》つて來《き》て勘次《かんじ》さん此《こ》ら大變《たいへん》だ」
南《みなみ》の女房《にようばう》は食鹽《しよくえん》の一|箇《こ》を手《て》にして見《み》ながら羨《うらや》ましげにいつた。おつぎも珍《めづ》らし相《さう》にして南《みなみ》の女房《にようばう》の手《て》を覗《のぞ》いた。勘次《かんじ》も白《しろ》い食鹽《しよくえん》を爪《つめ》の先《さき》で少《すこ》しとつて口《くち》へ入《いれ》た。
「鹽辛《しよつぺ》えやまさか」彼《かれ》は嫣然《につこり》とし乍《なが》ら
「おつう、此《こ》れ藏《しま》つて置《お》け、そんぢや」
といつて更《さら》に
「※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、301−11]等《あねら》も酷《ひど》かんべ野《の》らは」と彼《かれ》はおつたの染《そ》めつゝあつた髮《かみ》が、交《まじ》つた白髮《しらが》をほんのりと見《み》せるまでに藥《くすり》の褪《さ》めて穢《きた》なく成《なつ》つたのを見《み》つゝいつた。
「米《こめ》でも何《なん》でも一粒《ひとつぶ》もとれやしねえのよ」おつたはぽさりとした樣《やう》にいつた。
「汁《しん》の身《み》なんざそんでも、どうにか出來《でき》んのか」
「どうしてよおめえ、青《あを》えもな土手《どて》の草《くさ》ばかしだつて云《ゆ》つてる位《くれえ》だもの、今日《けふ》が今日《けふ》困《こま》つてんだな」
「そんぢや、※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、302−2]《あね》げ茄子《なす》か南瓜《たうなす》でもやんべかなあ」勘次《かんじ》は同情《どうじやう》が小《すこ》し動《うご》いたやうにいつた。
「おやそんぢや俺《お》ら家《ぢ》でも葱《ねぎ》の少《すこ》しもあげあんせう」南《みなみ》の女房《にようばう》はいつて桑畑《くはばたけ》の小徑《こみち》を小走《こばし》りに駈《か》けて行《い》つた。
「おとつゝあ、それもなんだが、さうえに持《も》てやしめえし、米《こめ》でも少《すこ》しやつたらよかんべな、どうせ少《すこ》し經《た》つと陸稻《をかぼ》刈《か》れんだもの」おつぎは口《くち》を添《そ》へた。
「うむさうだなあ」と勘次《かんじ》は南京米《ナンキンまい》の袋《ふくろ》へ米《こめ》を五|升《しよう》ばかり、もう痩《や》せて居《ゐ》る俵《たわら》から量《はか》り出《だ》した。
「挽割麥《ひきわり》もやつたらよかんべな」おつぎは又《また》いつた。
「此《こ》れさ交《ま》ぜてえゝけ」勘次《かんじ》はおつたを顧《かへり》みていつた。
「うむ、一|緒《しよ》にしてくろ」とおつたは軟《やはら》かにいつた。勘次《かんじ》は二《ふた》つを等半《とうはん》
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