凝《こゞ》つて狹《せめ》えつたつて窮屈《きうくつ》だつてやつと居《ゐ》る丈《だけ》なんだから、天井《てんじやう》へは頭《あたま》打《ぶ》つゝかり相《さう》で生命《いのち》でも何《なん》でも蹙《ちゞ》めらつる樣《やう》なおもひでさ、そんでもまあ到頭《たうとう》遁《に》げもしねえで居《ゐ》らつたんだから、家《うち》でも持《も》つてかれたものからぢや運《うん》がえゝのせえ、まあ晝間《ひるま》はなんちつても方々《はう/″\》見《め》えてえゝが、夜《よる》がなんぼにも小凄《こすご》くつてねえ」おつたは自分《じぶん》の怖《おそ》ろしかつた經驗《けいけん》を聞《き》いてくれるのを悦《よろこ》ぶやうに語《かた》り續《つゞ》けるのであつた。
「そんでまあ、それもえゝが蛙《けえる》だの蛇《へび》だのが來《き》てね、蛙《けえる》はなんだが蛇《へび》がなんぼにも厭《いや》ではあ、棒《ぼう》で引《ひ》つ掛《か》けて遠《とほ》くの方《はう》へ打《ぶ》ん投《な》げて見《み》ても、執念深《しふねんぶけ》えつちのか又《また》ぞよ/\泳《およ》いで來《き》て、それも夜《よる》がねえ萬一《もしも》のことが有《あ》つちやと思《おも》ふもんだから明《あか》り點《つ》けてたんだが其《そ》の所爲《せゐ》か餘計《よけい》に來《く》る樣《やう》で、薄《うす》つ闇《くれ》え明《あか》りだからぢつき側《そば》へ來《き》てからでなくつちや分《わか》んねえし、首《くび》擡《もちや》げてんの見《み》ちや本當《ほんたう》に厭《や》でねえ」おつたは幾《いく》らいつても竭《つ》きない當時《たうじ》を髣髴《はうふつ》せしめようとする容子《ようす》でいつた。
栗《くり》の木《き》の陰《かげ》に居《ゐ》た勘次《かんじ》はだん/\と幾《いく》らづゝでも洪水《こうずゐ》の噺《はなし》に興味《きようみ》を感《かん》じても來《き》たし、それから假令《たとひ》どうでも尋《たづ》ねて來《き》た※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、299−10]《あね》に挨拶《あいさつ》もせぬのは他人《たにん》の手前《てまへ》が許容《ゆる》さないので漸《やうや》く立《た》つて
「※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、299−11]等《あねら》も隨分《ずゐぶん》ひでえ目《め》に遭《あつ》たんだな」彼《かれ》はいひながら家《いへ》の内《うち》へおつたを導《みちび》いた。大豆《だいづ》の埃《ほこり》を厭《いと》うて雨戸《あまど》は閉《し》め切《き》つてあつたので、大戸《おほど》を一|杯《ぱい》に開《あ》けても内《うち》は少《すこ》し闇《くら》く且《かつ》暑《あつ》かつた。おつぎは先頃《さきごろ》の樣《やう》に直《すぐ》に竈《かまど》を焚《た》いて柄杓《ひしやく》で二三|杯《ばい》の水《みづ》を茶釜《ちやがま》へ注《さ》した。
「なんちつても、かうえ豆《まめ》とれるなんておめえ等《ら》方《はう》はえゝのよなあ、俺《お》ら方《はう》ぢや土手《どて》の近《ちか》くで手《て》の有《あ》るもなあ、田《た》の畦豆《くろまめ》引《ひ》つこ拔《ぬ》えて土手《どて》の中《ちう》ツ腹《ぱら》へ干《ほ》しちや見《み》た樣《やう》だが、まあだなんちつても莢《さや》が本當《ほんたう》に膨《ふく》れねえんだから、ほんの豆《まめ》の形《かたち》したつち位《くれえ》なもんだべな、そりやさうと此《こ》の豆《まめ》はえゝ豆《まめ》だな、甘相《うまさう》でなあ」おつたは閾《しきゐ》を跨《また》いで手先《てさき》の豆《まめ》を少《すこ》し攫《つか》んで見《み》ていつた。それからおつたは洋傘《かさ》と一つに置《お》いた先刻《さつき》の風呂敷包《ふろしきづゝみ》を持《も》ち込《こ》んでさうして又《また》臀《しり》を据《す》ゑた。
「水《みづ》ん中《なか》に居《ゐ》ちや仕事《しごと》するにも仕事《しごと》はなしさなあ、それからみんな棒《ぼう》の先《さき》へ鈎《はり》くつゝけて魚釣《さかなつ》りしたのよ、庭《には》で幾《いく》らでも鮒《ふな》釣《つ》れるつちんだから知《し》らねえものが見《み》ちや酷《ひど》く困《こま》んねえ奴等《やつら》だと思《おも》ふ位《くれえ》なもんだんべのさ」おつたは一|杯《ぱい》の茶《ちや》を啜《すゝ》つて喉《のど》を濕《うるほ》した。おつぎも南《みなみ》の女房《にようばう》も眼《め》を据《す》ゑて默《だま》つて聞《き》いて居《ゐ》た。勘次《かんじ》は六《むづ》ヶ|敷《しい》顏《かほ》をして居《ゐ》ながらも熱心《ねつしん》に聞《き》いた。
「後《あと》が酷《ひど》くつてな、縁《えん》の下《した》でも何《なん》でも泥《えごみ》が一|杯《ぺえ》で、そえつあゝ掻《か》ん出《だ》せばえゝんだが床板《ゆ
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