うに見《み》えた。其《そ》の一|杯《ぱい》に開《ひら》いた皿《さら》の樣《やう》な花《はな》が庭先《にはさき》からいつでも冷《ひやゝ》かな三|人《にん》を嘲《あざけ》るものゝやうに見《み》えるのであつた。
 竹《たけ》の棒《ぼう》はぎつと突《つ》き透《とほ》した儘《まゝ》いつまでも空《むな》しく鳳仙花《ほうせんくわ》の傍《そば》に立《た》つて居《ゐ》た。

         二〇

 秋《あき》だ。
 孰《いづ》れの梢《こずゑ》も繁茂《はんも》する力《ちから》が其《そ》の極度《きよくど》に達《たつ》して其處《そこ》に凋落《てうらく》の俤《おもかげ》が微《かす》かに浮《うか》んだ。毎日《まいにち》透徹《とうてつ》した空《そら》をぢり/\と軋《きし》りながら高熱《かうねつ》を放射《はうしや》しつゝあつた日《ひ》も餘《あま》りに長《なが》い晝《ひる》の時間《じかん》に倦《う》まうとして、空《そら》からさうして地上《ちじやう》の凡《すべ》てが漸《やうや》く變調《へんてう》を呈《てい》した。心《こゝろ》もとなげな雲《くも》が簇々《むら/\》と南《みなみ》から駈《か》け走《はし》つて、其《その》度《たび》毎《ごと》に驟雨《しうう》をざあと斜《なゝめ》に注《そゝ》ぐ。雨《あめ》は畑《はた》の乾《かわ》いた土《つち》にまぶれて、軈《やが》て飛沫《しぶき》を作物《さくもつ》の下葉《したば》に蹴《け》つて、更《さら》に濁水《だくすゐ》が白《しろ》い泡《あわ》を乘《の》せつゝ低《ひく》きを求《もと》めて去《さ》つた。それも僅《わづか》に桑《くは》の木《き》へ絡《から》んだ晝顏《ひるがほ》の花《はな》に一|杯《ぱい》の量《りやう》を注《そゝ》いでは慌《あわ》てゝ疾驅《しつく》しつゝからりと熱《ねつ》した空《そら》が拭《ぬぐ》はれることも有《あ》るのであるが、驟雨《しうう》は後《あと》から後《あと》からと驅《か》つて來《く》るので曉《あかつき》の白《しら》まぬうちから麥《むぎ》を搗《つ》いて庭《には》一|杯《ぱい》に筵《むしろ》を干《ほし》た百姓《ひやくしやう》をどうかすると五月蠅《うるさ》く苛《いぢ》めた。土地《とち》でいふ其《そ》の降《ふ》つ掛《か》けは一|日《にち》で止《や》まねば三|日《か》とか五|日《か》とか必《かなら》ず奇數《きすう》の日《ひ》で畢《をは》つた。降《ふ》つ掛《か》けが來《き》てから瓜畑《うりばたけ》は悉《ことごと》く蔓《つる》も葉《は》も俄《にはか》にがら/\に枯《か》れて悲慘《みじめ》に成《な》つて畢《しま》つた。極《きは》めてそつと然《しか》も騷《さわ》がし相《さう》に動《うご》く雲《くも》が高《たか》く低《ひく》く反對《はんたい》の方向《はうかう》に交叉《かうさ》しつゝあるのを見《み》ると共《とも》に、枯燥《こさう》しかけた草木《くさき》の葉《は》が相《あひ》觸《ふ》れ相《あひ》打《う》つてはだん/\と破《やぶ》れつゝざわ/\と悲《かな》しげな響《ひゞき》を立《た》てゝ鳴《な》つた。凄《すご》い程《ほど》冴《さ》えた夜《よる》の空《そら》は忙《いそが》しげな雲《くも》が月《つき》を呑《の》んで直《すぐ》に後《うしろ》へ吐《は》き出《だ》し/\走《はし》つた。月《つき》は反對《はんたい》に遁《に》げつゝ走《はし》つた。秋風《あきかぜ》だ。櫟《くぬぎ》や楢《なら》や雜木《ざふき》や凡《すべ》てが節制《たしなみ》を失《うしな》つて悉《ことごと》く裏葉《うらは》も肌膚《はだ》も隱《かく》す隙《すき》がなくざあつと吹《ふ》かれて只《たゞ》騷《さわ》いだ。夜《よる》は寂《さび》しさに凡《すべ》ての梢《こずゑ》が相《あひ》耳語《さゝや》きつゝ餘計《よけい》に騷《さわ》いだ。まだ暑《あつ》い空氣《くうき》を冷《つめ》たくしつゝ豪雨《がうう》が更《さら》に幾日《いくにち》か草木《くさき》の葉《は》を苛《いぢ》めては降《ふ》つて/\又《また》降《ふ》つた。例年《れいねん》の如《ごと》き季節《きせつ》の洪水《こうずゐ》が残酷《ざんこく》に河川《かせん》の沿岸《えんがん》を舐《ねぶ》つた。洪水《こうずゐ》の去《さ》つた後《あと》は、丁度《ちやうど》過激《くわげき》な精神《せいしん》の疲勞《ひらう》から俄《にはか》に老衰《らうすゐ》した者《もの》の如《ごと》く、半死《はんし》の状態《じやうたい》を呈《てい》した草木《さうもく》は皆《みな》白髮《はくはつ》に變《へん》じて其《そ》の力《ちから》ない葉先《はさき》を秋風《あきかぜ》に吹《ふ》き靡《なび》かされた。鬼怒川《きぬがは》の土手《どて》に繁茂《はんも》した篠《しの》の根《ね》に纏《まつ》はつて居《ゐ》る短《みじか》い鴨跖草《つゆぐさ》も葉《は》から莖《くき》から泥《どろ》に塗《まみ》れて居《
前へ 次へ
全239ページ中164ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング