《こ》まれた樣《やう》に此《こ》の時《とき》微笑《びせう》を洩《も》らして
「俺《お》らも今《いま》んなつてからぢやこれ、噺《はなし》するやうなもんだが一《ひと》しきりや泣《な》いたかんな本當《ほんたう》に、こんでも此《こ》の位《くらえ》にすんにやゝつとこせえだぞ」といつた。
「おつぎも働《はたら》け相《さう》だな、きり/\としてなあ、先刻《さつき》俺《お》ら蕎麥《そば》打《ぶ》つてんの見《み》てゝも心持《こゝろもち》えゝ樣《やう》だつけよ、仕事《しごと》はなんでも身拵《みごしれ》えのえゝもんでなくつちやなあ、此《こ》れもおめえが仕込《しこみ》の所爲《せゐ》だんべが」おつたはさういつて又《また》
「そりやさうとおつかさまに其儘《そつくり》だなあ」と側《そば》に居《ゐ》たおつぎに目《め》を移《うつ》した。おつぎはそれを聞《き》くと共《とも》に身《み》を避《さ》ける樣《やう》に手桶《てをけ》を持《も》つて庭《には》へ出《で》た。
「俺《お》らもこんで嚊《かゝあ》に死《し》なれた當座《たうざ》にや此《こ》れも役《やく》に立《た》たねえから泣《な》きぬいたよ」勘次《かんじ》は俄《にはか》にしんみりとしていつた。おつたはお品《しな》のことが勘次《かんじ》の口《くち》から出《で》た時《とき》微《かす》かに苦笑《くせう》して
「ほんに、俺《お》ら彼《あ》ん時《とき》にや來《き》ねえつちやつたつけが、遠《とほ》くの方《はう》へ行《い》つてたもんだから、おめえにやはあ惡《わる》く思《おも》はれべえたあ思《おも》つてたのよ」おつたは漸《やうや》くのことで然《しか》も表面《へうめん》は事《こと》もなげにいつて畢《しま》つた。
「俺《お》ら先刻《さつき》から見《み》てんだが道具《だうぐ》は能《よ》く大事《でえじ》にすつと見《み》えて鎌《かま》なんぞでも光《ひか》つてつことなあ、それに能《よ》くかう三日月姿《みかづきなり》に減《へ》らせたもんだな、研《と》ぎ方《かた》も餘《よ》つ程《ぽど》氣《き》をつけなくつちやかうは出來《でき》ねえな、道具《だうぐ》も斯《か》うすりや何時《いつ》までゝも使《つか》へて廉《やす》えものさな」おつたは少《すこ》し慌《あわ》てた樣《やう》に然《しか》も成《な》るべく落附《おちつ》かうと勉《つと》めつゝ噺《はなし》を外《そら》した。
「唐鍬《たうぐは》もたえしたもんぢやねえかな」おつたは態《わざ》と唐鍬《たうぐは》の側《そば》に立《た》つた。
「うむ、そんでも俺《お》らが見《み》てえなゝ、滅多《めつた》持《も》つてるもなねえかんな」
「どうすんでえこんな大《えけ》えの、引《ひ》つ立《た》てるばかしでも大變《たえへん》なやうぢやねえけ」
「そんだつて※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、285−2]《あね》は此《こ》れ見《み》ろな」勘次《かんじ》は掌《てのひら》をおつたの前《まへ》へ出《だ》した。百姓《ひやくしやう》にしては比較的《ひかくてき》小《ちひ》さな手《て》は腫《は》れたかと思《おも》ふ程《ほど》ぽつりと膨《ふく》れて、どれ程《ほど》樫《かし》の柄《え》を攫《つか》んでも決《けつ》して肉刺《まめ》を生《しやう》ずべき手《て》でないことを明《あきら》かに示《しめ》して居《ゐ》る。
「此《こ》んだから知《し》らねえもな俺《お》れ手懷《てぶところ》してつと、如何《どう》したんでえなんて聞《き》くから俺《お》らかういに腫《はれ》つちやつて痛《いた》くつてしやうねえんだなんて、そろうつと出《だ》して見《み》せつと、成《な》る程《ほど》こりや痛《いた》かんべえなんて魂消《たまげ》らあな、唐鍬《たうぐは》なんざ錢《ぜね》出《だ》しせえすりや幾《いく》らでも有《あ》んが、此《こ》の手《て》つ平《ぴら》はねえぞ、二|年《ねん》三|年《ねん》唐鍬《たうぐは》持《も》つたんぢや恁《か》うは成《な》んねえかんな、俺《お》らがな唐鍬《たうぐは》の柄《え》さすつかりくつゝいちやつたんだから、こんで毎年《まいとし》四五|反歩位《たんぶりぐれえ》は打開墾《ぶちおこ》すんだから」勘次《かんじ》は蹙《しが》めた顏《かほ》の筋《すぢ》がゆるんだ樣《やう》になつておつたの前《まへ》に誇《ほこ》つた。
「旦那《だんな》の山林開墾《やまおこ》しちやうめえのよ、場所《ばしよ》によつちや陸稻《をかぼ》も作《つく》れるし、俺《お》らこんでも三四|反歩《たんぶり》づつは作《つく》つてんだが、今年《ことし》はえゝ鹽梅《あんべえ》な降《ふ》りだから大丈夫《だえぢよぶ》だたあ思《おも》つてんのよ、どうえもんだか以前《めえかた》は陸稻《をかぼ》つちとはあ、とれねえ樣《やう》なもんだつけがな」
「其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの
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