、第4水準2−94−57]《そんな》に作《つく》つちや大層《たえそ》なもんぢやねえかな」おつたは驚《おどろ》いたやうにいつた。
「陸稻《をかぼ》も地《ぢ》が珍《めづ》らしい内《うち》は出來《でき》るもんだわ、穗《ほ》の出《で》た割《わり》にや分《ぶ》は拔《ぬ》けねえが、そんでも開墾《おこ》したばかしにや草《くさ》は出《で》ねえから手間《てま》が要《え》らねえしな、それに肥料《こやし》つちやなんぼもしねえんだから、尤《もつと》も三|年《ねん》も作《つく》つちや其《そ》の手《て》にや行《い》かねえが、其《そ》ん時《とき》や以前《もと》の山林《やま》になんだから可怖《おつかね》えこともなんにもねえのよ」
「餘《よ》つ程《ぽど》とれべえな、三四|反歩《たんぶり》も作《つく》つちやなあ」
「こんで穗《ほ》の出際《でぎは》に雨《あめ》でもえゝ鹽梅《あんべえ》なら、反《たん》で四|俵《へう》なんざどうしてもとれべと思《おも》つてんのよ」
「陸稻《をかぼ》とも云《い》はんねえもんだな、以前《めえかた》と違《ちが》つて今《いま》の時世《ときよ》ぢやさうだからこんで場所《ばしよ》によつちや、百姓《ひやくしやう》にもたえした起《お》き轉《ころ》びがあるのよなあ、俺《お》ら方《はう》見《み》てえに洪水《みづ》で持《も》つてかれてばかし居《ゐ》つ處《とこ》も有《あ》んのに山林《やま》んなかで米《こめ》とれるなんて」
「さうよ、此處《こゝ》らは洪水《みづ》の心配《しんぺえ》はさうだにしねえでもえゝ處《とこ》だかんな」勘次《かんじ》は從來《これまで》其《そ》の間《あひだ》がどうであつたにしても偶然《ぐうぜん》逢《あ》つたおつたに對《たい》してだん/\噺《はな》して居《ゐ》るうちには同《おな》じ乳房《ちぶさ》に縋《すが》つた骨肉《こつにく》の關係《くわんけい》が彼《かれ》の淺猿《さも》しい心《こゝろ》の底《そこ》を披瀝《ひら》いてそれを陰蔽《いんぺい》するのには餘《あま》りに彼《かれ》を放心《うつかり》とさせたのであつた。
「おつう、彼《あ》の薤《らつきやう》でも出《だ》して見《み》せえ、土用前《どようめえ》に採《と》つて直《す》ぐ漬《つけ》たんだから、はあよかんべえ」
勘次《かんじ》は快《こゝろ》よくおつぎに命《めい》じた。おつぎは古《ふる》い醤油樽《しやうゆだる》から白漬《しろづけ》の薤《らつきやう》を片口《かたくち》へ出《だ》しておつたの側《そば》へ侑《すゝ》めた。勘次《かんじ》は一つ撮《つま》んでかり/\と噛《かじ》つた。少《すこ》し丸《まる》みがかつた頬《ほゝ》に絶《たえ》ず微笑《びせう》を含《ふく》んで勘次《かんじ》のいふことを聞《き》いて居《ゐ》たおつたは何《なに》か更《さら》にいはうとして一寸《ちよつと》躊躇《ちうちよ》しつゝある容子《ようす》が見《み》えた。勘次《かんじ》もおつぎもそれは知《し》らなかつた。おつたは一|杯《ぱい》に注《つ》いである茶碗《ちやわん》へ又《また》茶《ちや》を注《つ》がうとして俄《にはか》に止《や》めた。おつたは茶碗《ちやわん》をぐつと嚥《の》み干《ほ》した。
「こんで同胞《きやうでえ》のえゝ噺《はなし》聞《き》くな惡《わる》かねえもんだよ、有繋《まさか》自分《じぶん》ばかしよくつて他《ほか》の同胞《きやうでえ》にや管《かま》あねえつちいものもねえかんな」といつて庭《には》の便所《べんじよ》へ立《た》つてそれから再《ふたゝ》び上《あが》り框《がまち》に腰《こし》を卸《おろ》した。
「俺《お》らおめえにちつと相談《さうだん》に乘《の》つて貰《もれ》えてえと思《おも》ふこと有《あ》つて來《き》たんだつけがなよ」おつたは態《わざ》と改《あらた》まつた容子《ようす》でなくいひ掛《か》けた。
「何《なん》だんべ」勘次《かんじ》はふつと彼《かれ》の平生《へいぜい》に還《かへ》らうとして例《いつも》の不安《ふあん》らしい目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》つておつたを見《み》た。
「なあにたえしたこつちやねえが、盲目《めくら》の野郎《やらう》げ嫁《よめ》世話《せわ》されるもんだからどうしたもんだんべかと思《おも》つてよ」
「※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、287−11]《あね》貰《もら》へたけりや他人《ひと》にや管《かま》あこたあ有《あ》んめえな」勘次《かんじ》はおつたがゆつくりといふのが畢《をは》らぬのにそつけなくいつた。
「さう云《ゆ》つちめえばさうだがなよ、そんだつて同胞《きやうでえ》に一噺《ひとはなし》もねえなんて後《あと》で文句《もんく》云《ゆ》はれても、默《だま》つてちやおめえ口《くち》が開《あ》けめえな、そんだから俺《お》らおめえげ耳打《みゝうち》して置
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