」勘次《かんじ》のいひ方《かた》はこそつぱかつた。庭《には》の油蝉《あぶらぜみ》が暑《あつ》くなれば暑《あつ》くなる程《ほど》酷《ひど》くぢり/\と熬《い》りつけるのみで、閑寂《しづか》な村落《むら》の端《はし》に偶《たま/\》遭《あ》うた※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、281−11]弟《きやうだい》はかうして只《たゞ》餘所々々《よそ/\》しく相對《あひたい》した。
「本當《ほんと》に俺《お》ら先刻《さつき》からさう思《おも》つてんだが立派《りつぱ》な花《はな》ぢやねえかな」おつたは庭先《にはさき》の草花《くさばな》に復《ま》た噺《はなし》を繼《つ》いだ。
「うむ、そんだが碌《ろく》に有《あ》りもしねえ肥料《こやし》ばかし使《つか》あれて」
「おめえ植《う》ゑたんぢやねえのか」
「なあに爺樣《ぢいさま》そつちこつちから持《も》つて來《き》て植《う》ゑたてたのよ、去年《きよねん》はそんでも其處《そこ》らへ玉蜀黍位《たうもろこしぐれえ》作《つく》れたつけが、此《こ》れ、邪魔《じやま》だとも云《い》はんねえしなあ」
「俺《お》ら暫《しばら》く來《き》ねえから知《し》らなかつたつけが、そんでも野田《のだ》から引《ひ》つこんでか」
「うむ、はあ二|年《ねん》に成《な》らえ」
「餘《よ》つ程《ぽど》の年齡《とし》だつぺが丈夫《ぢやうぶ》けえそんでも」
「丈夫《ぢやうぶ》なこたあ、魂消《たまげ》る程《ほど》丈夫《ぢやうぶ》だが何《なん》でも自分《じぶん》の好《す》きなら働《はたら》く容子《ようす》で、其處《そこ》らほうつき歩《ある》いちや小遣錢位《こづけえぜねぐれえ》はとつてんだな鹽梅《あんべえ》しきが」
「そんぢや忙《いそが》しい時《とき》にやちつたあ手傳《てつだ》つて貰《もら》へてよかんべな」
「なんだら一つ手傳《てつだ》あなんちや有《あ》りやしめえし、それからはあ、此方《こつち》も頼《たの》んもしねえが」
「尤《もつと》もさういへば壯《さかり》の頃《ころ》でも俺《お》らあ知《し》つてからは仕事《しごと》は上手《じやうず》で行《や》ると出《だ》しちやみつしら行《や》る樣《やう》だつけが、好《す》きぢやねえ鹽梅《あんべえ》だつけのさな」
「其《そ》れ處《どこ》ぢやねえや、俺《お》らと一|緒《しよ》に居《ゐ》んのせえ厭《や》なんだんべが、別々《べつ/\》に成《な》つちやつたな、つまんねえ、餘計《よけい》な錢《ぜね》なんぞ遣《つか》つて、俺《お》らだつて大《えけ》えこと手間《てま》打《ぶ》つこんだな、なあに俺《お》ら爺樣《ぢいさま》せえちつと其《その》積《つもり》で行《や》つて呉《く》れせえすりや、幾《いく》らでも面倒《めんだう》見《み》るつちつてんだが、如何《どう》いふ料簡《れうけん》のもんだか俺《お》らがにや分《わか》んねえが」
「そんぢや、此《こ》の側《そば》な小屋《こや》ぢやあんめえ、俺《お》ら先刻《さつき》見《み》た時《とき》や肥料小屋《こやしごや》だとばかし思《おも》つてたな、本當《ほんと》にかうだ處《とこ》へ醉狂《すゐきやう》な噺《はなし》よな、なんでも世《よ》を渡《わた》しちや誰《たれ》でも同《おな》じこと相續人《さうぞくにん》の氣味《きあぢ》惡《わる》くしねえ樣《やう》にやんなくつちや畢《を》へねえよ、そんだがそれも性分《しやうぶん》でなあ、他《ほか》からぢやしやうねえものよ」
「俺《お》らだつてこんで一人《ひとり》殖《ふ》えちや殖《ふ》えた丈《だけ》に麥米《むぎこめ》の心配《しんぺえ》からして掛《かゝ》んなくつちやなんねえんだから、其《そ》の積《つもり》で居《ゐ》てくんなくつちや、此《こ》んで心持《こゝろもち》ぢや餘《あんま》り面白《おもしろ》かねえかんな、毎日《まいにち》苦蟲《にがむし》喰《く》つ潰《ちや》したやうな面《つら》つきばかしされたんぢや厭《や》んなつちまあぞ、本當《ほんたう》に」
「そりやさうにも何《なん》にもよ、他人《たにん》でせえこんで軟《やつ》けえ言辭《ことば》でも掛《か》けられつと、後《あと》ぢや欲《ほ》しく成《な》るやうな物《もの》でも出《だ》す料簡《れうけん》にもなるもんだかんなあ」おつたは斯《か》ういひながら先刻《さつき》から※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《とり》の塒《とや》の下《した》に在《あ》る二|俵《へう》の俵《たわら》へ目《め》を注《そゝ》いで居《ゐ》た。
「そんだがおめえもたえした働《はたら》きだと見《め》えんな、かうえに俵《たわら》までちやんとして、大概《てえげえ》な百姓《ひやくしやう》ぢやおめえ此《この》手《て》にや行《い》かねえぞ、俺《お》ら世辭《つや》いふわけぢやねえが」
勘次《かんじ》は漸《やうや》く噺《はなし》に吊《つ》り込
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