ることがある。横《よこ》に轉《ころ》がした臼《うす》を前《まへ》に据《す》ゑて小麥《こむぎ》を攫《つか》んでは穗先《ほさき》を其《そ》の臼《うす》の腹《はら》に叩《たゝ》きつけると種《たね》がぼろ/\と向《むかふ》へ落《お》ちる。のつそりとして悠長《いうちやう》な卯平《うへい》は壯時《さうじ》に熟《じゆく》して居《ゐ》た仕事《しごと》の呼吸《こきふ》で大《おほ》きな手《て》が肩《かた》から打《う》ち下《おろ》す時《とき》、まだ相當《さうたう》に捗《はか》どるのであつた。彼《かれ》は恁《か》うしてぐる/\と傭《やと》はれて歩《ある》きながら綺麗《きれい》な花《はな》が咲《さ》いて居《ゐ》るのを見《み》ると種《たね》を貰《もら》つたり根分《ねわ》けをして貰《もら》つたりして庭先《にはさき》の栗《くり》の木《き》の側《そば》や井戸端《ゐどばた》に近《ちか》く植《う》ゑた。
彼《かれ》は忙《いそが》しい仕事《しごと》が畢《しまひ》になつた時《とき》即《すなは》ち稻刈《いねかり》から稻扱《いねこき》からさうして籾《もみ》すりも濟《す》んで彼《かれ》が得意《とくい》の俵編《たわらあ》みもなくなつて、世間《せけん》がげつそりと寂《さび》しく沈《しづ》んだ時《とき》に彼《かれ》は急《きふ》に勘次《かんじ》と別《べつ》な住《す》まひが仕《し》たくなつた。彼《かれ》は少《すこ》しばかり餘《あま》してあつた蓄《たくは》へから蝕《むしくひ》でも何《なん》でも柱《はしら》になる木《き》やら粟幹《あはがら》やらを求《もと》めて、家《いへ》の横手《よこて》へ小《ちひ》さな二|間《けん》四|方《はう》位《ぐらゐ》な掘立小屋《ほつたてごや》を建《た》てる計畫《けいくわく》をした。彼《かれ》は寒《さむ》い西風《にしかぜ》を厭《いと》うて殆《ほとん》ど勘次《かんじ》の家《うち》と相《あひ》接《せつ》して東脇《ひがしわき》へ建《たて》ようとした。勘次《かんじ》は固《もと》より自分《じぶん》の懷《ふところ》が目《め》に見《み》えて減《へ》るのでもなし、それに就《つい》ては決《けつ》して陰《かげ》で呟《つぶや》くことはなかつた。簡單《かんたん》な普請《ふしん》には大工《だいく》が少《すこ》し鑿《のみ》を使《つか》つた丈《だけ》で其《その》他《た》は近所《きんじよ》の人々《ひと/″\》が手傳《てつだ》つたので仕事《しごと》は只《たゞ》一|日《にち》で畢《をは》つた。長《なが》い嵩張《かさば》つた粟幹《あはがら》で手薄《てうす》く葺《ふ》いた屋根《やね》は此《こ》れも職人《しよくにん》の手《て》を借《か》らなかつた。必要《ひつえう》な繩《なは》は卯平《うへい》が丈夫《ぢやうぶ》に綯《な》つて置《お》いた。それから壁《かべ》を塗《ぬ》るのには間《あひだ》を措《お》いて二三|日《にち》かゝつた。勘次《かんじ》も有繋《さすが》に勞力《らうりよく》を惜《をし》まなかつた。彼《かれ》は粟幹《あはがら》が葺《ふ》き上《あ》げられた次《つ》ぎの日《ひ》から二三|日《にち》近所《きんじよ》の馬《うま》を借《か》りて田《た》の傍《そば》の畑《はたけ》から土《つち》を運搬《つ》けた。畑《はたけ》には其《そ》の時《とき》麥《むぎ》が青《あを》く生《は》えて居《ゐ》たが、それでも持主《もちぬし》は畑《はたけ》が減《へ》るだけ田《た》の面積《めんせき》が増《ま》す理由《わけ》なのと、土《つち》の分量《ぶんりやう》も格別《かくべつ》の事《こと》でないのとで切《き》り取《と》ることを否《いな》まなかつた。庭《には》へ卸《おろ》した土《つち》にはちらり/\と青《あを》い麥《むぎ》の軟《やはら》かな葉《は》が交《まじ》つて居《ゐ》た。勘次《かんじ》は夕方《ゆふがた》に成《な》つて馬《うま》を返《かへ》しながら、一|日《にち》の餌料《ゑさ》としておつぎに煮《に》させた麥《むぎ》を笊《ざる》へ入《い》れて、それから刻《きざ》んだ藁《わら》も添《そ》へてやつた。勘次《かんじ》は其《そ》の序《ついで》に餘計《よけい》な藁《わら》を切《き》つた。土《つち》は畢《しまひ》の日《ひ》の夕方《ゆふがた》に周圍《しうゐ》に土手《どて》のやうな輪《わ》を拵《こしら》へて其處《そこ》に水《みづ》を打《う》つてはぐちや/\と足《あし》で溲《こ》ねながら刻《きざ》んだ藁《わら》を撒《ま》いては踏《ふ》み込《こ》んでさうして一|晩《ばん》置《お》いた。さういふ間《あひだ》に卯平《うへい》は鉈《なた》で篠《しの》を幾《いく》つかに裂《さ》いて柱《はしら》と柱《はしら》との間《あひだ》へ壁《かべ》の下地《したぢ》に細《こま》かな格子目《かうしめ》を編《あ》んで居《ゐ》た。篠《しの》は東隣《ひがしどなり》の主人《しゆじん》から請《こ》うて
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