居《ゐ》た。與吉《よきち》は風呂敷包《ふろしきづゝみ》を脊負《せお》つておつぎに辨當《べんたう》を包《つゝ》んで貰《もら》ひながら
「煎餅《せんべい》くんねえか」と要求《えいきう》した。
「まださうだこと、そんだから汝《われ》げは見《み》せらんねえつちんだ、爺《ぢい》に怒《おこ》られつから見《み》ろ」おつぎは叱《しか》つて顧《かへり》みなかつた。勘次《かんじ》は其《そ》の時《とき》外《そと》の壁際《かべぎは》に積《つ》んだ木《き》の根《ね》をぱかり/\と割《わ》つて居《ゐ》た。卯平《うへい》は一|日《にち》歩《ある》いた草臥《くたびれ》が酷《ひど》く出《で》たやうでもあるし、又《また》自分《じぶん》の村落《むら》へ歸《かへ》つたので心《こゝろ》が悠長《のんびり》とした樣《やう》でもあるし、それに此《こ》の數年來《すうねんらい》は火《ひ》の番《ばん》の癖《くせ》で朝《あさ》はゆつくりとして居《ゐ》るのが例《れい》であつたので、彼《かれ》は其《そ》の時《とき》蒲團《ふとん》の中《なか》に凝然《ぢつ》と目《め》を開《あ》いておつぎの働《はたら》いて居《ゐ》るのを見《み》て居《ゐ》たが
「欲《ほ》しいつちんだら出《だ》して遣《や》れえ」彼《かれ》はいつた。おつぎは戸棚《とだな》から煎餅《せんべい》を一|枚《まい》出《だ》して與吉《よきち》へ渡《わた》した。與吉《よきち》はすつと奪《うば》ふ樣《やう》にして取《と》つた。
「しらばつくれて」おつぎは斜《なゝめ》に脊負《せお》つた書藉《しよせき》の上《うへ》から與吉《よきち》をぱたと叩《たゝ》いた。與吉《よきち》は霜《しも》の白《しろ》く掩《おほう》た庭《には》を小《ちひ》さな下駄《げた》でから/\と鳴《な》らしながら遁《に》げるやうに駈《か》けて行《い》つた。卯平《うへい》は窪《くぼ》んだ目《め》を蹙《しが》めて一|種《しゆ》の暖《あたゝ》かな表情《へうじやう》を示《しめ》して與吉《よきち》の後姿《うしろすがた》を見《み》た。勘次《かんじ》は割《わ》つた薪《まき》を草刈籠《くさかりかご》へ入《い》れて竈《かまど》の前《まへ》へ置《お》いて朝餉《あさげ》の膳《ぜん》に向《むか》つて、一|碗《わん》を盛《も》つた。おつぎは氣《き》がついた樣《やう》に
「爺《ぢい》こと起《おこ》すべか」といつて勘次《かんじ》が返辭《へんじ》せぬ内《うち》に
「爺《ぢい》、お飯《まんま》出來《でき》たよ」卯平《うへい》を喚《よ》んだ。
「先《さき》やつてくろえ」卯平《うへい》はさういつて暫《しばら》く經《た》つてから蒲團《ふとん》を出《で》て井戸端《ゐどばた》へ行《い》つた。卯平《うへい》は幾年目《いくねんめ》かで冷《つめ》たい水《みづ》で顏《かほ》を洗《あら》つた。彼《かれ》は近來《きんらい》にない晨起《はやお》きをしたので、霜《しも》の白《しろ》い庭《には》に立《た》つて硬《こは》ばつた足《あし》の爪先《つまさき》が痛《いた》くなる程《ほど》冷《つめ》たいのを感《かん》じた。火鉢《ひばち》の側《そば》へ坐《すわ》つても煙草《たばこ》の火《ひ》もないので彼《かれ》は自分《じぶん》で竈《かまど》の下《した》の燃《も》えさしを灰《はひ》の儘《まゝ》とつた。おつぎは勘次《かんじ》が煙草《たばこ》を吸《す》はないので一寸《ちよつと》煙草《たばこ》の火《ひ》をとることにまでは心附《こゝろづ》かなかつた。野田《のだ》では始終《しじう》かん/\と堅炭《かたずみ》を熾《おこ》して湯《ゆ》は幾《いく》らでも沸《たぎ》つて夜《よる》でも室内《しつない》に火氣《くわき》の去《さ》ることはないのである。卯平《うへい》は後《おく》れて箸《はし》を執《と》つたが、飯《めし》は暖《あたゝ》かいといふ迄《まで》で大釜《おほがま》で炊《た》いた樣《やう》に程《ほど》よい軟《やはら》かさを保《たも》つては居《ゐ》ないし、汁《しる》も其《そ》の舌《した》に酷《ひど》くこそつぱく且《かつ》不味《まづ》かつた。彼《かれ》は味噌《みそ》には分量《ぶんりやう》を増《ま》す爲《ため》に醤油粕《しやうゆかす》が掻《か》き交《ま》ぜてあることを知《し》つた。勘次《かんじ》は鍬《くは》を執《と》つて立《た》つた。彼《かれ》は毎日《まいにち》唐鍬《たうぐは》を持《も》つて出《で》て居《ゐ》るのであつたが此《こ》の日《ひ》はおつぎを連《つ》れて麥畑《むぎばたけ》の冬墾《ふゆばり》に出《で》るのであつた。卯平《うへい》は獨《ひとり》で※[#「煢−冖」、第4水準2−79−80]然《ぽさり》と残《のこ》された。丈夫《ぢやうぶ》な建物《たてもの》に箒《はうき》を入《い》れて清潔《せいけつ》に住《す》んで來《き》た彼《かれ》は天井《てんじやう》もない屋根裏《やねうら》から煤《
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