《だ》して行《や》るもんだ」
 下駄《げた》を穿《は》いて立《た》つた氏子《うぢこ》の總代等《そうだいら》が乞食《こじき》を叱《しか》つたり當番《たうばん》に注意《ちうい》したりした。神官等《しんくわんら》が石《いし》の華表《とりゐ》を出《で》て行《い》つた後《のち》は暫《しばら》くして人《ひと》も散《ち》つて、華表《とりゐ》の傍《そば》には大《おほ》きな文字《もじ》を表《あら》はした白木綿《しろもめん》の幟旗《のぼりばた》が高《たか》く突《つ》つ立《た》つてばさ/\と鳴《な》つて居《ゐ》た。散亂《さんらん》した人々《ひと/″\》は其《そ》の癖《くせ》の其處《そこ》にぼつゝり此處《ここ》にぼつゝりと固《かた》まつて立《た》つてるのであつた。
 暫《しばら》くして短《みじか》い日《ひ》が傾《かたむ》いた。社《やしろ》の森《もり》を包《つゝ》んで時雨《しぐれ》の雲《くも》が東《ひがし》の空《そら》一|杯《ぱい》に擴《ひろ》がつた。濃厚《のうこう》な鼠色《ねずみいろ》の雲《くも》は凄《すご》く人《ひと》に迫《せま》つて來《く》るやうで、然《しか》もくつきりと森《もり》を浮《う》かした。かつと横《よこ》に射《さ》し掛《かけ》る日《ひ》の光《ひかり》が其《そ》の凄《すご》い雲《くも》の色《いろ》を稍《やゝ》和《やはら》げて天鵞絨《びろうど》のやうな滑《なめら》かな感《かん》じを與《あた》へた。更《さら》にくすんだ赭《あか》い欅《けやき》の梢《こずゑ》にも微妙《びめう》な色彩《しきさい》を發揮《はつき》せしめて、殊《こと》に其《そ》の間《あひだ》に交《まじ》つた槭《もみぢ》の大樹《たいじゆ》は此《これ》も冴《さ》えない梢《こずゑ》に日《ひ》は全力《ぜんりよく》を傾注《けいちゆう》して驚《おどろ》くべき莊嚴《さうごん》で且《か》つ鮮麗《せんれい》な光《ひかり》を放射《はうしや》せしめた。時雨《しぐれ》の雲《くも》に映《えい》ずる槭《もみぢ》の梢《こずゑ》は確然《かくぜん》と浮《う》き上《あが》つて居《ゐ》ながら天鵞絨《びろうど》の地《ぢ》に深《ふか》く浸《し》み込《こ》んで居《ゐ》る樣《やう》にも見《み》えた。其《そ》の前《まへ》に空《そら》を支《さゝ》へて立《た》つた二|條《でう》の白《しろ》い柱《はしら》は幟旗《のぼりばた》であつた。幟旗《のぼりばた》は止《や》まずばた/\と飜《ひるがへ》つた。更《さら》に俄《にはか》にごつと立《た》つた風《かぜ》に森《もり》の梢《こずゑ》の葉《は》は散亂《さんらん》して鮮《あざや》かな光《ひかり》を保《たも》ちながら空中《くうちう》に閃《ひらめ》いた。數分時《すうふんじ》の後《のち》世間《せけん》は忽《たちま》ちに暗澹《あんたん》たる光《ひかり》に包《つゝ》まれて時雨《しぐれ》がざあと來《き》た。村落《むら》の何處《どこ》にも晴衣《はれぎ》の姿《すがた》を見《み》なく成《な》つた。おつぎは與吉《よきち》を連《つ》れて疾《とつ》くに歸《かへ》つて居《ゐ》たのであつた。
 夜《よる》に成《な》つて雨《あめ》が歇《や》んだ。
 村落《むら》の者《もの》は段々《だん/\》に瞽女《ごぜ》の泊《とま》つた小店《こみせ》の近《ちか》くへ集《あつ》まつて戸口《とぐち》に近《ちか》く立《た》つた。戸《と》は悉《こと/″\》く開放《あけはな》つて障子《しやうじ》も外《はづ》してある。瞽女《ごぜ》は各自《かくじ》に晩餐《ばんさん》を求《もと》めて去《さ》つた後《あと》であつた。瞽女《ごぜ》は村落《むら》から村落《むら》の「まち」を渡《わた》つて歩《ある》いて毎年《まいねん》泊《と》めて貰《もら》ふ宿《やど》に就《つい》てそれから村落中《むらぢう》を戸毎《こごと》に唄《うた》うて歩《ある》く間《あひだ》に、處々《ところ/″\》で一人分《いちにんぶん》づゝの晩餐《ばんさん》の馳走《ちそう》を承諾《しようだく》して貰《もら》つて置《お》く。それで彼等《かれら》は夜《よる》の時刻《じこく》が來《く》ると、目明《めあき》の手曳《てびき》がだんだんと其《そ》の家々《いへ/\》に配《くば》つて歩《ある》く。さうしては復《ま》た手曳《てびき》がそれを集《あつ》めて打《う》ち連《つ》れて歸《かへ》つて來《く》る。目《め》の不自由《ふじいう》な彼等《かれら》は漸《やうや》くのことで自分《じぶん》の求《もと》める家《いへ》に就《つ》いても板《いた》の間《ま》の端《はし》などにぽつさりとして膳《ぜん》の運《はこ》ばれるのを待《ま》つて居《ゐ》るので一|同《どう》の腹《はら》が滿《み》たされて再《ふたゝ》び杖《つゑ》に縋《すが》るまでには面倒《めんだう》な時間《じかん》を要《えう》するのである。
 小店《こみせ》の座敷《ざしき》には瞽女《ごぜ》の大
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