これ》えばかし置《お》かねえで干《ほ》せな」と弱《よわ》い者《もの》の處《ところ》へ杯《さかづき》を聚《あつ》めて困《こま》るのを見《み》ようとさへする樣《やう》に成《な》つた。勘次《かんじ》は獨《ひと》り側《そば》なる徳利《とくり》を引《ひ》きつけて幾抔《いくはい》か傾《かたむ》けて他人《ひと》よりも先《さき》に小鬢《こびん》の筋《すぢ》が膨《ふく》れて居《ゐ》た。
「俺《お》ら、鉋《かんな》の持《も》たねえ大工《でえく》だ、鑿《のみ》一|方《ぽう》つちんだから」といつて勘次《かんじ》は相手《あひて》もないのに態《わざ》とらしい笑《わら》ひやうをして女房等《にようばうら》の居《ゐ》る方《はう》を見《み》た。彼《かれ》は俛《た》れ相《さう》に成《な》る首《くび》を起《おこ》して數々《しば/\》見《み》ることを反覆《くりかへ》した。おつぎは後《うしろ》の方《はう》へ隱《かく》れて居《ゐ》た。勘次《かんじ》は箸《はし》を一|本《ぽん》持《も》つて危險《あぶな》い物《もの》にでも觸《さは》るやうに平椀《ひらわん》の馬鈴薯《じやがたらいも》を其《その》先《さき》へ刺《さ》しては一|杯《ぱい》に口《くち》を開《あ》いて頬張《ほゝば》つた。平椀《ひらわん》には牛蒡《ごばう》と馬鈴薯《じやがたらいも》とが堆《うづたか》く盛《も》られて油揚《あぶらあげ》が一|枚《まい》載《の》せてある。
「箆棒《べらぼう》に大《え》かく成《な》つたつけな、此《こ》の馬鈴薯《じやがいも》はなあ」一人《ひとり》がいつた。
「此《こ》んでも桑《くは》の間《あひだ》さ作《つく》つたんだが、思《おも》ひの外《ほか》だつけのさ」亭主《ていしゆ》は自慢《じまん》らしくそれでも態《わざ》と聲《こゑ》を落《おと》していつた。
「桑《くは》の間《あひだ》でかう出來《でき》つかな、そりやさうと何處《どこ》さ作《つく》つたんでえまあ」
「裏《うら》の垣根外《くねそと》さ、土《つち》はかたで赤《あか》つぽうろくだが、掃溜《はきだめ》みつしら掘《ほ》つ込《こ》んで置《お》いた處《ところ》だから、其《そ》れが出《で》たと見《め》えんのさ、思《おも》ひの外《ほか》土地《とち》は嫌《きら》あねえもんだよ、此《こ》んなもんでも作《つく》つちや桑《くは》にや惡《わる》かんべが」
「大丈夫《だいぢやうぶ》だとも、馬鈴薯《じやがいも》が大《え》かく成《な》る樣《やう》ぢや其《その》肥料《こやし》は桑《くは》も吸《す》ふから、いや桑《くは》の根《ね》つ子《こ》の遠《とほ》くへ踏《ふ》ん出《だ》すんぢや魂消《たまげ》たもんだから、目《め》も有《あ》りもしねえのに肥料《こやし》の方《はう》へ眞直《まつすぐ》にずうつと來《く》つかんな」
「此《こ》れでどの位《くれえ》殖《ふ》えるものだと思《おも》つたら一ツ株《かぶ》で一|升《しよう》位《ぐれえ》づゝも起《おこ》せるよ」亭主《ていしゆ》がいへば
「うむ、さうかな、さうすつと割《わり》の善《え》えもんだな」各自《てんで》にさういつて居《ゐ》ると
「能《よ》く牛蒡《ごぼう》は保《も》たせたつけな」といふものがあつた。
「なあに、踏《ふ》ん固《がた》める處《ところ》へ活《い》けてせえ置《お》けば大丈夫《でえぢやうぶ》なものさ、俺《お》ら家《ぢ》や田植《たうゑ》迄《まで》は有《あ》るやうに庭《には》へ埋《う》めて置《お》くのよ」亭主《ていしゆ》は自分《じぶん》も椀《わん》の牛蒡《ごぼう》を挾《はさ》んでいつた。
「さうだが、俺《お》ら家《ぢ》なんぞぢや、それまでにや無《な》く成《な》つちまあから一|度《ど》でもさういに活《い》けて置《お》いたことあねえな」と一人《ひとり》がいへば
「俺《お》らなんざ、腹《はら》さ藏《しま》つて置《お》くから盜《と》られつこなしだ」兼《かね》博勞《ばくらう》は口《くち》を出《だ》した。
「牛蒡《ごばう》もうつかりして繩《なは》で縛《しば》つて活《い》けちや、其處《そこ》から腐《くさ》れがへえつて酷《ひで》えもんだな、藁《わら》は餘《よ》つ程《ぽど》嫌《きれ》えだと見《め》えんのさな」勘次《かんじ》は横合《よこあひ》からいつた。
「どうしたかよ」疑《うたが》ひの聲《こゑ》が發《はつ》せられた。
「どうしたかなもんぢやねえ、俺《お》ら家《ぢ》で行《や》つたこと有《あ》んだもの」彼《かれ》は相手《あひて》に壓《あつ》せられた樣《やう》に聲《こゑ》を低《ひく》めて
「なあおつう、さうだな」と身體《からだ》を横《よこ》に向《む》けていつた。板《いた》の間《ま》と土間《どま》との界《さかひ》に立《た》つて居《ゐ》る柱《はしら》の陰《かげ》にランプの光《ひかり》から身《み》を避《さ》けるやうにして一|座《ざ》の獻酬《けんしう》を見《み》て居《ゐ》た
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