女房等《にようばうら》の手《て》が俄《にはか》におつぎの臀《しり》をつゝいて
「おつうとそれ、返辭《へんじ》するもんだ」小聲《こごゑ》でいつて微《かすか》に笑《わら》つた。勘次《かんじ》は怪訝《けげん》な容子《ようす》をして柱《はしら》の陰《かげ》を凝然《ぢつ》と見《み》て目《め》を蹙《しか》めた。
「おつぎは居《ゐ》るよおめえ、さういに見《み》ねえでも」柱《はしら》の陰《かげ》からいつて私語《さゞめ》いた。勘次《かんじ》は板《いた》の間《ま》の端《はし》に近《ちか》く居《ゐ》たのであるが膳《ぜん》を越《こ》えて身體《からだ》をぐつと前《まへ》へ延《の》ばしては徳利《とくり》を動《うご》かして空《から》に成《な》つたのは女房等《にようばうら》へ渡《わた》して何處《どこ》となしに心《こゝろ》を配《くば》る樣《やう》にそわ/\として居《ゐ》る。
「はてな、懷《ふとこれ》え入《せ》えた筈《はず》だつけが」と兼《かね》博勞《ばくらう》は懷《ふところ》から周圍《あたり》を探《さが》して側《そば》へ落《お》ちた小《ちひ》さな紙包《かみづゝみ》を手《て》にして
「こうれ、うめえ物《もの》見《み》ろえまあ」といつて開《あ》けて見《み》ると一|寸《すん》ばかりの蟷螂《かまきり》が斧《をの》を擡《もた》げてちよろちよろと歩《ある》き出《だ》した。
「へゝえ、此《こ》ん畜生奴《ちきしよめ》こんでも怒《おこ》つてらあ」兼《かね》博勞《ばくらう》はちよいと蟷螂《かまきり》をつゝいて見《み》て獨《ひと》り興《きよう》がつて笑《わら》つた。
「どうしたもんだんべ大《え》けえ姿《なり》して」と女房《にようばう》は皆《みな》笑《わら》つた。
「あれ俺《お》ら知《し》つてら」おつぎの傍《そば》に居《ゐ》た與吉《よきち》は兼《かね》博勞《ばくらう》の側《そば》へ行《い》つて
「鴉《からす》のきんたまから出《で》んだぞこら」といつた。
「汝《わ》ツ等《ら》知《し》りもしねえで」勘次《かんじ》は與吉《よきち》を甘《あま》やかす樣《やう》にしていつた。
「そんだつて俺《お》ら見《み》た、笹《さゝ》つ葉《ぱ》の枝《えだ》にくつゝいてた處《ところ》から出《で》たんだ」與吉《よきち》は蟷螂《かまきり》を弄《いぢ》りながらいつた。
「勘次《かんじ》さん駄目《だめ》だよ、學校《がくこ》へ遣《や》つちや半年《はんとし》たあ云《ゆ》はんねえから、下手《へた》んすつと今《いま》の子奴等《こめら》にや遣《や》り込《こ》められつちやからおとつゝあ此《こ》れ知《し》つてつかなんちあれたつて、困《こま》らなどうもなあ」側《そば》からいつたので勘次《かんじ》は有繋《さすが》に嫣然《にこり》とした。
 白鳥徳利《はくてうどくり》の口《くち》が底《そこ》よりも低《ひく》く成《な》つた時《とき》一|座《ざ》の間《あひだ》には馬《うま》の噺《はなし》が出《で》た。馬《うま》といふ奴《やつ》はあの身體《からだ》で酒《さけ》の二|杯《はい》も口《くち》へ入《いれ》てやると忽《たちま》ちにどろんとして駻馬《かんば》でも靜《しづか》に成《な》る、博勞《ばくらう》は以前《いぜん》はさうして惡《わる》い馬《うま》を嵌《は》め込《こ》んだものである。現在《いま》でもそんなことで油斷《ゆだん》は成《な》らぬ、村落《むら》が貧乏《びんばふ》したから荷車《にぐるま》ばかり殖《ふ》えて馬《うま》が減《へ》つて畢《しま》つたが荷車《にぐるま》の檢査《けんさ》に行《い》つて見《み》て驚《おどろ》いた抔《など》といふことや、朝鮮牛《てうせんうし》が大分《だいぶ》輸入《ゆにふ》されたが狗《いね》ころの樣《やう》な身體《からだ》で割合《わりあひ》に不廉《たか》いからどうしたものだか抔《など》といふことが際限《さいげん》もなくがや/\と大聲《おほごゑ》で呶鳴《どな》り合《あ》うた。
「博勞《ばくらう》なんちい奴等《やつら》は泥棒根性《どろぼうこんじやう》無《な》くつちや出來《でき》ね商賣《しやうべえ》だな、嘘《ちく》らつぽう打《ぶ》んぬいて、兼等《かねら》汝《わ》りや、俺《お》れことせえおつ嵌《ぱ》める積《つもり》しやがつて」兼《かね》博勞《ばくらう》の向側《むかうがは》から戯談《じようだん》らしい調子《てうし》でいふと
「箆棒《べらぼう》、おつ嵌《ぱ》めんなもんぢやねえ、それ厭《や》だら錢《ぜに》出《だ》せよ錢《ぜに》、なあ、錢《ぜに》出《だ》さねえ積《つもり》すんのが泥棒《どろぼう》より太《ふて》えんだな、西《にし》のおとつゝあ等《ら》躊躇逡巡《しつゝくむつゝく》だから、かたで」
「そんだから見《み》ろえ、博勞《ばくらう》で藏《くら》建《た》てた奴《やつ》あ有《あ》りやしねえ、罰《ばち》たかつてつから」
「どうした、そんだが此間《こ
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