《つゞ》く。さうすると麥《むき》を刈《か》つた跟《あと》の菽《まめ》や陸穗《をかぼ》が渇《かつ》した口《くち》へ冷《つめ》たい水《みづ》を獲《え》た樣《やう》に勢《いきほひ》づいて、四五|日《にち》の内《うち》に青《あを》い葉《は》を以《もつ》て畑《はたけ》の土《つち》が寸隙《すんげき》もなく掩《おほ》はれる。雨《あめ》は蹂《ふ》み固《かた》めてある百姓《ひやくしやう》の庭《には》の土《つち》にも※[#「くさかんむり/(火+旱)」、195−5]菜《いぬがしら》や石龍※[#「くさかんむり/内」、第3水準1−90−67]《たがらし》の黄色《きいろ》い小粒《こつぶ》な花《はな》を持《も》たせて、棟《やのむね》にさへ長《なが》い短《みじか》い草《くさ》を生《しやう》ぜしめる。自然《しぜん》の意志《いし》は只管《ひたすら》に地上《ちじやう》の到《いた》る處《ところ》に軟《やはら》かな青《あを》い葉《は》を以《もつ》て掩《おほ》ひ隱《かく》さうとのみ力《ちから》を注《そゝ》いで居《ゐ》るのである。其《そ》の意志《いし》に逆《さか》らうて猶豫《たゆた》うて居《ゐ》るのは百姓《ひやくしやう》の手《て》で丁寧《ていねい》に捏《こ》ねられた水田《すゐでん》のみである。夏《なつ》が漸《やうや》く深《ふ》けると自然《しぜん》は其《そ》の心《こゝろ》を焦燥《あせ》らせて、霖雨《りんう》が低《ひく》い田《た》に水《みづ》を滿《み》たしめて、堀《ほり》にも茂《しげ》つた草《くさ》を沒《ぼつ》して岸《きし》を越《こ》えしめる。稻草《いなぐさ》を以《もつ》て田《た》の空地《くうち》を埋《うづ》めることが一|日《にち》でも速《すみや》かなればそれだけ餘計《よけい》な報酬《はうしう》を晩秋《ばんしう》の收穫《しうくわく》に於《おい》て與《あた》へるからと教《をし》へて自然《しぜん》は百姓《ひやくしやう》の體力《たいりよく》の及《およ》ぶ限《かき》り活動《くわつどう》せしめる。さうすると百姓《ひやくしやう》は田《た》のやうにどろ/\と往來《わうらい》の土《つち》をも捏《こ》ねて馬《うま》と共《とも》に泥《どろ》に塗《まみ》れながら田植《たうゑ》にのみ屈託《くつたく》する。彼等《かれら》は雨《あめ》を藁《わら》の蓑《みの》に避《さ》けて左手《ひだりて》に持《も》つた苗《なへ》を少《すこ》しづつ取《と》つて後退《あとずさ》りに深《ふか》い泥《どろ》から股引《もゝひき》の足《あし》を引《ひ》き拔《ぬ》き引《ひ》き拔《ぬ》き植《う》ゑ退《の》く。恁《か》うして宏濶《くわうくわつ》な水田《すゐでん》は、一|日《にち》泥《どろ》に浸《ひた》つた儘《まゝ》でも愉快相《ゆくわいさう》に唄《うた》ふ聲《こゑ》がそつちからもこつちからも響《ひゞ》くと共《とも》に、段々《だん/\》に淺《あさ》い緑《みどり》が掩《おほ》うて、多忙《たばう》で且《かつ》活溌《くわつぱつ》な夏《なつ》の自然《しぜん》は先《さき》に植《う》ゑられた田《た》から漸次《ぜんじ》に深《ふか》い緑《みどり》を染《そ》めて行《ゆ》く。田《た》が凡《すべ》て植《う》ゑ畢《をは》つた時《とき》には畦畔《くろ》にも短《みじか》い草《くさ》が生《は》えて居《ゐ》て土《つち》の黒《くろ》い部分《ぶぶん》が何處《どこ》にも見《み》えなく成《な》る。自然《しぜん》は始《はじ》めて自己《じこ》の滿足《まんぞく》を得《え》た樣《やう》にからりと快《こゝろ》よい空《そら》を拭《ぬぐ》うて暑《あつ》い日《ひ》の光《ひかり》を投《な》げ掛《か》ける。青田《あをた》の畦畔《くろ》には處々《しよ/\》に萱草《くわんさう》が開《ひら》いて、田《た》の草《くさ》を掻《か》くとては村落《むら》の少女《むすめ》が赤《あか》い帶《おび》を暑《あつ》い日《ひ》に燃《も》やさない日《ひ》でも、萎《しぼ》んでは開《ひら》いて朱杯《しゆはい》の如《ごと》く點々《てん/\》と耕地《かうち》を彩《いろど》るのである。百姓《ひやくしやう》は忙《いそが》しい田植《たうゑ》が畢《をは》れば何處《どこ》の家《いへ》でも秋《あき》の收穫《しうくわく》を待《ま》つ準備《じゆんび》が全《まつた》く施《ほどこ》されたので、各自《かくじ》の勞《らう》を劬《ねぎら》ふ爲《ため》に相當《さうたう》な饗應《もてなし》が行《おこな》はれるのである。其《それ》が早苗振《さなぶり》である。
 勘次《かんじ》とおつぎは南《みなみ》の早苗振《さなぶり》の日《ひ》に傭《やと》はれて行《い》つて居《ゐ》た。勘次《かんじ》の家《いへ》から南《みなみ》へ行《ゆ》く小徑《こみち》を挾《はさ》んだ桑畑《くはばたけ》は刈取《かりと》つてから草《くさ》の生《は》えた位《くらゐ》に枝《えだ》が立《た》ち始《はじ》めて居《
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