《つく》つてあるのを知《し》れば竊《ひそか》に瓜《うり》や西瓜《すゐくわ》を盗《ぬす》んで路傍《みちばた》の草《くさ》の中《なか》に打《う》ち割《わ》つた皮《かは》を投《な》げ棄《す》てゝ行《ゆ》くのである。彼等《かれら》の間《あひだ》に惡戯《いたづら》の好《す》きな五六|人《にん》が夜《よ》が深《ふ》けてからそつと勘次《かんじ》の庭《には》へ立《た》つて見《み》た。其《そ》の時《とき》は只《たゞ》自分等《じぶんら》の陰翳《かげ》が稍《やゝ》長《なが》く庭《には》の土《つち》に映《えい》じて、月《つき》は隙間《すきま》だらけの古《ふる》ぼけた雨戸《あまど》をほのかに白《しろ》く見《み》せて居《ゐ》た。周圍《しうゐ》は泣《な》き止《や》んだ後《あと》のやうに餘《あま》りに寂《さび》しかつた。五六|人《にん》は只《たゞ》ぽつさりと歸《かへ》つて畢《しま》つた。
 おつぎは次《つき》の朝《あさ》櫛《くし》を探《さが》しに出《で》た。同《おな》じ年輩《ねんぱい》の間《あひだ》には誰《たれ》の惡戯《いたづら》であるかが其《そ》の場《ば》で凡《すべ》ての耳《みゝ》に知《し》れ渡《わた》つて居《ゐ》た。
「櫛《くし》なんざ持《も》つてゐねえぞはあ、それよりやあ、歸《けえ》つて※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]《かき》の木《き》のざく股《また》でも見《み》た方《はう》がえゝと」朋輩《ほうばい》の一人《ひとり》がおつぎへいつた。おつぎは自分《じぶん》の庭《には》の※[#「柿」の正字、第3水準1−85−57]木《かきのき》の幹《みき》が二|股《また》に成《な》つた處《ところ》に櫛《くし》がそつと載《の》せてあるのを發見《はつけん》した。櫛《くし》は鼈甲模擬《べつかふまがひ》のゴムの櫛《くし》であつた。齒《は》が二|枚《まい》ばかり缺《か》けて居《ゐ》た。おつぎは損所《そんしよ》を凝然《ぢつ》と見《み》て直《すぐ》に髮《かみ》へ※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》した。
 櫛《くし》の事件《じけん》は其《そ》れつ切《きり》で畢《をは》つた。勘次《かんじ》は何《なに》かにつけてはおつう/\と懷《なつ》かしげに喚《よ》んで一|家《か》は人《ひと》の目《め》に立《た》つ程《ほど》極《きは》めて睦《むつ》ましかつた。然《しか》しかういふ事件《じけん》は村落《むら》の凡《すべ》ての口《くち》を久《ひさ》しく防《ふせ》ぐことは出來《でき》なかつた。殊《こと》に女房等《にようばうら》の間《あひだ》には
「勘次《かんじ》さんもどうしたつちんだんべ、俺《お》ら可怖《おつかね》えやうだつけぞ」
「本當《ほんたう》によ、丸《まる》つきり狂氣《きちげえ》のやうだものなあ」といふ驚異《きやうい》の聲《こゑ》が到《いた》る處《ところ》に反覆《はんぷく》された。
「唯《たゞ》たあ思《おも》へねえよ、勘次《かんじ》さんもあゝいに仕《し》ねえでもよかんべと思《おも》ふのになあ」嘆聲《たんせい》を發《はつ》しては各自《かくじ》の心《こゝろ》に伏在《ふくざい》して居《ゐ》る或《ある》物《もの》を口《くち》には明白地《あからさま》に云《い》ふことを憚《はゞか》る樣《やう》に眼《め》と眼《め》を見合《みあは》せて互《たがひ》に笑《わら》うては僅《わづか》に
「厭《や》だ/\」といふ底《そこ》に一|種《しゆ》の意味《いみ》を含《ふく》んだ一|語《ご》を投《な》げ棄《す》てゝ別《わか》れるのである。殊《こと》には村落《むら》の若者《わかもの》の間《あひだ》へは寸毫《すんがう》も遠慮《ゑんりよ》の無《な》い想像《さうざう》に伴《ともな》ふ陰口《かげぐち》を逞《たくま》しくせしめる好箇《かうこ》の材料《ざいれう》を提供《ていきよう》したのであつた。

         一四

 夏《なつ》が循環《じゆんくわん》した。
 暑《あつ》い日《ひ》の刺戟《しげき》が驚《おどろ》くべき活動力《くわつどうりよく》を百姓《ひやくしやう》の手足《てあし》に與《あた》へる。百姓《ひやくしやう》は馬《うま》や荷車《にぐるま》を駈《か》つて刈《か》り倒《たふ》した麥《むき》をせつせと運《はこ》ぶ。永《なが》い日《ひ》は僅《わづか》な日數《ひかず》の内《うち》に目《め》に渺々《べうべう》たる畑《はたけ》をからりとさせて、暫《しばら》くすると天候《てんこう》は極《きはま》りない變化《へんくわ》の手《て》を一|杯《ぱい》に擴《ひろ》げて、黄色《きいろ》に熟《じゆく》する梅《うめ》の小枝《こえだ》を苦《くるし》めて居《ゐ》る※[#「虫+牙」、第4水準2−87−34]蟲《あぶらむし》も滅亡《めつばう》して畢《しま》ふ程《ほど》の霖雨《りんう》が惘《あき》れもしないで降《ふ》り續
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