急《いそ》いで遠《とほ》くへ響《ひゞ》き去《さ》るのを周圍《しうゐ》から遮《さへぎ》り止《と》めようとして錯雜《さくざつ》して茂《しげ》つて居《ゐ》る幹《みき》や小枝《こえだ》に打當《ぶツつか》つて紛糾《こぐらか》つて居《ゐ》るやうに、森《もり》一杯《いつぱい》に鳴《な》り響《ひゞ》いて上《うへ》へ/\と恐《おそ》ろしく人々《ひと/″\》の心《こゝろ》を誘導《そゝ》つた。男女《なんによ》が入《い》り交《まじ》つて太鼓《たいこ》を中央《ちうあう》に輪《わ》を描《ゑが》いて居《ゐ》る。それが一|定《てい》の間隔《かんかく》を措《お》いては一|同《どう》が袋《ふくろ》の口《くち》の紐《ひも》を引《ひ》いた樣《やう》に輪《わ》が蹙《しぼ》まつて、ぱらり/\と手拍子《てびやうし》をとつて、復《また》以前《いぜん》のやうに擴《ひろ》がる。さうしては其《そ》の踊《をどり》の手《て》を反覆《はんぷく》しつゝ徐《おもむ》ろに太鼓《たいこ》の周圍《しうゐ》を廻《めぐ》る。女《をんな》は袖《そで》を長《なが》く見《み》せる爲《ため》に手拭《てぬぐひ》を折《を》つて兩方《りやうはう》の袂《たもと》の先《さき》へ縫《ぬひ》つけて、それから扱帶《しごき》を襷《たすき》にして結《むす》んだ長《なが》い端《はし》を後《うしろ》へだらりと垂《た》れて居《ゐ》る。扱帶《しごき》は踊《をどり》の手《て》を描《ゑが》く度《たび》毎《ごと》に袂《たもと》と共《とも》にゆらり/\と搖《ゆ》れる。男《をとこ》は少《すこ》し亂暴《らんばう》に女《をんな》の身體《からだ》にこすりつきながら踊《をど》る。女《をんな》は五月繩《うるさ》い時《とき》には一時《ちよつと》踊《をどり》の手《て》を止《や》めて對手《あひて》を叱《しか》つたり叩《たゝ》いたり、然《しか》も其《その》特性《とくせい》のつゝましさを保《たも》つて拍子《ひやうし》を合《あは》せ乍《なが》ら多勢《おほぜい》の間《あひだ》に揉《も》まれつゝ同《どう》一|線《せん》を反覆《はんぷく》しつゝ踊《をど》る。漸次《ぜんじ》に人勢《にんず》が殖《ふ》えて大《おほ》きな輪《わ》の内側《うちがは》に更《さら》に小《ちひさ》な輪《わ》が描《ゑが》かれた。太鼓《たいこ》が倦怠《だれ》れば
「太鼓《たいこ》が疎《おろ》かぢや踊《をどり》もおろかだ」と口々《くち/″\》に促《うなが》し促《うなが》し交互《たがひ》に唄《うた》の聲《こゑ》を張《は》り揚《あ》げて踊《をど》る。太鼓《たいこ》の手《て》は疲《つか》れゝば更《さら》に人《ひと》が交代《かうたい》して撥《ばち》も折《を》れよと鳴《な》らす。踊子《をどりこ》は皆《みな》一|杯《ぱい》に裝飾《さうしよく》した笠《かさ》を戴《いたゞ》いて居《ゐ》る。裝飾《さうしよく》といつても夜目《よめ》に鮮《あざ》やかな樣《やう》に、饅頭《まんぢう》や其《そ》の他《た》の物《もの》を包《つゝ》む白《しろ》いへぎ[#「へぎ」に傍点]皮《かは》を夥《おびたゞ》しく括《くゝ》り附《つ》けて置《お》くのである。其《そ》れが月光《げつくわう》を遮《さへぎ》つて居《ゐ》る樅《もみ》の木陰《こかげ》に著《いちじ》るしく目《め》に立《た》つて、身《み》を動《うご》かす度《たび》に一|齊《せい》にがさがさと鳴《な》りながら波《なみ》の如《ごと》く動《うご》いて彼等《かれら》の風姿《ふうし》を添《そ》へて居《ゐ》る。彼等《かれら》が幾夜《いくよ》も踊《をど》つて不用《ふよう》に歸《き》した時《とき》には、それが彼等《かれら》の歩《ある》いた路《みち》の傍《はた》に埃《ほこり》に塗《まみ》れながら到《いた》る處《ところ》に抛棄《はうき》せられて散亂《さんらん》して居《ゐ》るのを見《み》るのである。
其《そ》の踊《をどり》の周圍《しうゐ》には漸《やうや》く村落《むら》の見物《けんぶつ》が聚《あつま》つた。混雜《こんざつ》して群集《ぐんしふ》と少《すこ》し離《はな》れて村落《むら》の俄商人《にはかあきんど》が筵《むしろ》を敷《し》いて駄菓子《だぐわし》や梨《なし》や甜瓜《まくはうり》や西瓜《すゐくわ》を並《なら》べて居《ゐ》る。油煙《ゆえん》がぼうつと騰《あが》るカンテラの光《ひかり》がさういふ凡《すべ》てを凉《すゞ》しく見《み》せて居《ゐ》る。殊《こと》に斷《た》ち割《わ》つた西瓜《すゐくわ》の赤《あか》い切《きれ》は小《ちひ》さな店《みせ》の第《だい》一の飾《かざ》りである。踊子《をどりこ》の渇《かつ》した喉《のど》には自分等《じぶんら》が立《た》てる埃《ほこり》の掛《かゝ》るのも頓着《とんちやく》なく只管《ひたすら》それを佳味《うま》く感《かん》ずるのである。それが少女《せうぢよ》であれば少《すくな》くとも三四|人《
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