にん》が群《む》れて飾《かざ》られた花笠《はながさ》深《ふか》く顏《かほ》が掩《おほ》はれて居《ゐ》るのにそれでも猶且《やつぱり》知《し》られることを恥《はぢ》らうて漸《やうや》く手《て》の及《およ》ぶ程度《ていど》にカンテラの光《ひかり》の範圍《はんゐ》から遠《とほ》ざからうとしつゝ西瓜《すゐくわ》の一|片《きれ》づつを求《もと》める。俄商人《にはかあきんど》はカンテラの光明《くわうみやう》と木陰《こかげ》の薄《うす》い闇《やみ》との間《あひだ》に立《た》つた其《そ》の姿《すがた》が明瞭《はつきり》と見極《みきは》め難《がた》いので、頻《しき》りに目《め》を蹙《しか》めつゝ求《もと》められる儘《まゝ》に筵《むしろ》の端《はし》に立《た》つて西瓜《すゐくわ》を出《だ》して遣《や》る。踊子《をどりこ》は其《そ》れを手《て》にして慌《あわたゞ》しく木陰《こかげ》に隱《かく》れる。其處《そこ》には必《かなら》ず各《おの/\》の口《くち》から發《はつ》する笑聲《わらひごゑ》が聞《き》かれるのである。カンテラの光《ひかり》の爲《ため》に却《かへつ》て眼界《がんかい》を狹《せば》められた商人《あきんど》は木陰《こかげ》の闇《やみ》から見《み》れば滑稽《こつけい》な程《ほど》絶《た》えず其《そ》の眼《め》を蹙《しか》めつゝ外《そと》の闇《やみ》を透《すか》して騷《さわ》がしい群集《ぐんしふ》を見《み》て居《ゐ》る。
 勘次《かんじ》は與吉《よきち》の求《もと》める儘《まゝ》に西瓜《すゐくわ》の一|片《きれ》を與《あた》へて自分《じぶん》は商人《あきんど》の狹《せま》い筵《むしろ》の端《はし》へ腰《こし》を卸《おろ》した。おつぎは暫《しばら》く店《みせ》の側《そば》に立《た》つて居《ゐ》たが、明《あか》るい光《ひかり》を厭《いと》うて軈《やが》て樅《もみ》の木《き》の下《した》に與吉《よきち》と共《とも》に身《み》を避《さ》けた。勘次《かんじ》は俄《にはか》に眼《め》を聳《そびや》かすやうにして木陰《こかげ》の闇《やみ》を見《み》た。彼《かれ》は其處《そこ》におつぎの浴衣姿《ゆかたすがた》が凝然《じつ》として居《ゐ》るのを見《み》て筵《むしろ》から離《はな》れることは仕《し》なかつた。
「おつぎさん能《よ》く來《き》たつけな」列《れつ》を離《はな》れた踊子《をどりこ》が汗《あせ》の胸《むね》を少《すこ》し開《ひら》いて、袂《たもと》で頻《しき》りに煽《あふ》ぎながら樅《もみ》の木《き》の側《そば》に立《た》つていひ掛《か》けた。
「おゝ暑《あつ》いやまあ、咽《むせ》つ返《けえ》る樣《やう》だ」と、袂《たもと》の端《はし》で汗《あせ》を拭《ふ》きながら
「おつぎさん、踊《をど》んねえか」と他《ほか》の一人《ひとり》がいつた。
「俺《お》ら厭《や》だよ、おとつゝあ居《え》つから」おつぎは小聲《こごゑ》でいつた。誘《さそ》うた踊子《をどりこ》は目《め》を蹙《しか》めて居《ゐ》る勘次《かんじ》の容子《ようす》を見《み》て自分《じぶん》が睨《にら》みつけられて居《ゐ》る樣《やう》に感《かん》じたので、他《た》へ孤鼠々々《こそ/\》と身《み》を避《さ》けた。女同士《をんなどうし》の眼《め》には姿《すがた》を變《へん》じた踊子《をどりこ》が皆《みな》一|見《けん》して了解《れうかい》されるのであつた。
 踊《をどり》を見《み》ながら輪《わ》の周圍《しうゐ》に立《た》つて居《ゐ》る村落《むら》の女等《をんなら》は手《て》と手《て》を突《つゝ》き合《あ》うて勘次《かんじ》の容子《ようす》を見《み》てはくすくすと竊《ひそか》に冷笑《れいせう》を浴《あび》せ掛《か》けるのであつた。カンテラの光《ひかり》は樅《もみ》の木陰《こかげ》の何處《いづこ》からでも明瞭《はつきり》と勘次《かんじ》の容子《ようす》を目《め》に立《た》たせる樣《やう》にぼう/\と油煙《ゆえん》を立《た》てながら、周圍《しうゐ》の眼《まなこ》と首肯《うなづ》き合《あ》うて赤《あか》い舌《した》をべろべろと吐《は》きつゝゆらめいた
 おつぎの姿《すがた》が五六|人《にん》立《た》つた中《なか》に見《み》えなく成《な》つた時《とき》勘次《かんじ》は商人《あきんど》の筵《むしろ》を立《た》つてすつと樅《もみ》の木《き》の側《そば》へ行《い》つた。おつぎは一二|歩《ほ》位置《ゐち》を變《か》へた丈《だけ》であつたので、彼《かれ》は直《すぐ》におつぎの白《しろ》い姿《すがた》と相《あひ》接《せつ》して立《た》つた。女同士《をんなどうし》は勘次《かんじ》の姿《すがた》を見《み》て少《すこ》し身《み》を避《さ》けた。五六|本《ぽん》屹立《きつりつ》した樅《もみ》の木《き》は引《ひ》つ扱《こ》いた樣《やう》な梢《
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