るだけ喧《やかま》しく只《たゞ》がしや/\と鳴《な》く。がしや/\が鳴《な》き出《だ》せば彼等《かれら》は安《やす》んじて雨戸《あまど》をこじるのである。それから又《また》箱《はこ》を轉《ころが》したやうな、隔《へだ》ての障子《しやうじ》さへ無《な》い小《ちひ》さな家《いへ》で女《をんな》が男《をとこ》を導《みちび》くとて、如何《どう》しても父母《ちゝはゝ》の枕元《まくらもと》を過《す》ぎねば成《な》らぬ時《とき》は、踏《ふ》めばぎし/\と鳴《な》る床板《ゆかいた》に二人《ふたり》の足音《あしおと》を憚《はゞか》つて女《をんな》は闇《やみ》に男《をとこ》を脊負《せお》ふのである。其處《そこ》には假令《たとへ》重量《ぢゆうりやう》が加《くは》へられても、それは巧《たくみ》に疲《つか》れて眠《ねむ》い父母《ちゝはゝ》の耳《みゝ》を欺《あざむ》くのである。
 一|般《ぱん》の子女《しぢよ》の境涯《きやうがい》は如此《かくのごとく》にして稀《まれ》には痛《いた》く叱《しか》られることもあつて其《その》時《とき》のみは萎《しを》れても明日《あす》は忽《たちま》ち以前《いぜん》に還《かへ》つて其《その》性情《せいじやう》の儘《まゝ》に進《すゝ》んで顧《かへり》みぬ。おつぎは其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》伴侶《なかま》と一|日《にち》でも一つに其《その》身《み》を放《はな》たれたことがないのである。
 勘次《かんじ》が什※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《どんな》に八釜敷《やかましく》おつぎを抑《おさ》へてもおつぎがそれで制《せい》せられても、勘次《かんじ》は村《むら》の若者《わかもの》がおつぎに想《おもひ》を懸《か》けることに掣肘《せいちう》を加《くは》へる些《さ》の力《ちから》をも有《いう》して居《を》らぬ。凡《すべ》ての村落《むら》の若者《わかもの》が女《をんな》を覘《ねら》はうとする時《とき》は隨分《ずゐぶん》執念《しふね》く其《そ》れは丁度《ちやうど》、追《お》へば忽《たちま》ちに遁《に》げる鷄《とり》がどうかして狹《せま》く戸口《とぐち》を開《ひら》いてある※[#「穀」の「禾」に代えて「釆」、169−5]倉《こくぐら》に好《この》む餌料《ゑさ》を見出《みいだ》して這入《はひ》らうとする時《とき》に其《そ》の狹《せま》い戸口《とぐち》が身《み》を入《い》るゝに足《た》りなければ徒《いたづ》らに首《くび》を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》し込《こ》んでは足掻《あが》いて/\さうして他《ほか》へ行《い》つて畢《しま》ふ。其《そ》れが一|度《ど》で斷念《だんねん》すれば其《そ》れ迄《まで》であるけれど、二度《ふたたび》三度《みたび》戸口《とぐち》に立《た》つて足掻《あが》き始《はじ》めれば、去《さ》つては來《きた》り、去《さ》つては來《きた》り、首筋《くびすぢ》の皮《かは》が擦《す》り剥《む》けて戸口《とぐち》に夥《したゝ》か血《ち》の趾《あと》を印《いん》しても執念《しふね》く餌料《ゑさ》を求《もと》めて止《や》まぬやうな形《かたち》でなければならぬ。各自《かくじ》の心《こゝろ》におつぎを何《ど》れ程《ほど》深《ふか》く思《おも》はうともそれは各自《かくじ》が有《いう》する權能《けんのう》に屬《ぞく》して居《ゐ》る。然《しか》しながらおつぎへ加《くは》へようとする其《その》手《て》を極端《きよくたん》に防遏《ばうあつ》しようとすることも勘次《かんじ》が有《いう》する權能《けんのう》である。相互《さうご》に其《そ》の權能《けんのう》を越《こ》えて他《た》の領域《りやうゐき》を冒《をか》す時《とき》其處《そこ》には必《かなら》ず葛藤《かつとう》が伴《ともな》はれる筈《はず》でなければ成《な》らぬ。若者《わかもの》は相《あひ》聚《あつ》まれば皆《みな》不平《ふへい》の情《じやう》を語《かた》り合《あ》うて、勝手《かつて》に勘次《かんじ》を邪魔《じやま》なこそつぱい者《もの》にして居《ゐ》た。其《その》癖《くせ》彼等《かれら》は皆《みな》互《たがひ》に自分《じぶん》獨《ひと》りのみがおつぎを獲《え》ようとして及《およ》ばぬ手《て》を延《の》ばして居《を》るのである。萬《まん》一|目的《もくてき》が遂《と》げられたことが有《あ》つたとしても其《そ》れは只《たゞ》一|人《にん》に限《かぎ》られて居《ゐ》て、爾餘《じよ》の幾人《いくにん》は空《むな》しく然《しか》も極《きは》めて輕《かる》い不快《ふくわい》と嫉妬《しつと》とから口々《くちぐち》に其《その》一|人《にん》に向《むか》つて厭味《いやみ》を
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