臀《しり》がたはら胡頽子《ぐみ》の樣《やう》に血《ち》を吸《す》うて膨《ふく》れても、彼等《かれら》はちくりと刺戟《しげき》を與《あた》へられた時《とき》に慌《あわ》てゝはたと叩《たゝ》くのみで蚊《か》が逃《に》げようとも知《し》らぬ顏《かほ》である。暑《あつ》い日《ひ》が草《くさ》いきれで汗《あせ》びつしりに成《な》つて居《ゐ》る彼等《かれら》の身體《からだ》に時刻《じこく》が過《す》ぎたと枝《えだ》の間《あひだ》から強《つよ》い光《ひかり》を投掛《なげか》けて促《うなが》す迄《まで》は、稀《まれ》には痺《しび》れた足《あし》を投出《なげだ》して聞《き》きも聞《き》かせもしなくて善《い》い噺《はなし》を反覆《はんぷく》してのみ居《ゐ》るのである。彼等《かれら》は恁《か》うして時間《じかん》を空《むな》しく費《つひや》しては遠《とほ》く近《ちか》く蜩《ひぐらし》の聲《こゑ》が一|齊《せい》に忙《いそが》しく各自《かくじ》の耳《みゝ》を騷《さわ》がして、大《おほ》きな紗《しや》で掩《おほ》うたかと思《おも》ふ樣《やう》に薄《うす》い陰翳《かげ》が世間《せけん》を包《つゝ》むと彼等《かれら》は慌《あわ》てゝ皆《みな》家路《いへぢ》に就《つ》く。どうかして餘《あま》りに後《おく》れると空《から》な草刈籠《くさかりかご》を倒《さかしま》に脊負《せお》つて、歩《ある》けばざわ/\と鳴《な》る樣《やう》に、大《おほ》きな籠《かご》の目《め》へ楢《なら》や雜木《ざふき》の枝《えだ》を※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》して黄昏《たそがれ》の庭《には》に身《み》を運《はこ》んで刈積《かりつ》んだ青草《あをくさ》に近《ちか》く籠《かご》を卸《おろ》す。父《ちゝ》なるものは蚊柱《かばしら》の立《たつ》てる厩《うまや》の側《そば》でぶる/\と鬣《たてがみ》を撼《ゆる》がしながら、ぱさり/\と尾《を》で臀《しり》の邊《あたり》を叩《たゝ》いて居《ゐ》る馬《うま》に秣《まぐさ》を與《あた》へて居《ゐ》る。母《はゝ》なるものは青《あを》い烟《けぶり》に滿《みち》た竈《かまど》の前《まへ》に立《た》つては裾《うづくま》りつゝ、燈火《ともしび》を點《つ》ける餘裕《よゆう》もなく我《わ》が子《こ》をぶつ/\と待《ま》つて居《ゐ》る。恁《か》うして忙《いそが》しさに楢《なら》や雜木《ざふき》の枝《えだ》で欺《あざむ》いた手段《しゆだん》が發見《はつけん》されないのである。うしろめたい女《をんな》は默《だま》つて何《なに》よりも先《ま》づ空《から》な手桶《てをけ》を持《も》つて井戸端《ゐどばた》へ驅《か》けて行《い》つてはざあと水《みづ》を汲《く》んでそれから汁《しる》の身《み》でも切《き》れてなければ慌《あわたゞ》しくとん/\と庖丁《はうちやう》の響《ひゞき》を立《た》てゝ、少《すこ》しづゝでも母《はゝ》なるものゝ小言《こごと》から遁《のが》れようとする。狹《せま》い庭《には》の垣根《かきね》に黄色《きいろ》な蝶《てふ》が幾《いく》つも止《とま》つて頻《しき》りに羽《はね》を動《うご》かして居《ゐ》るやうに一つ/\にひらり/\と開《ひら》いては夜目《よめ》にもほつかりと匂《にほ》うて居《ゐ》る月見草《つきみさう》は自分等《じぶんら》の夜《よる》が來《き》たと、駈《か》け歩《ある》いて居《ゐ》る女《をんな》に對《たい》して懷《なつか》し相《さう》に目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》るのである。彼等《かれら》の或《ある》者《もの》は更《さら》に夜《よる》の眠《ねむ》りに就《つ》く前《まへ》に戸口《とぐち》に近《ちか》く蚊帳《かや》の裾《すそ》にくるまつては竊《ひそか》に雨戸《あまど》の外《そと》に訪《おとづ》るゝ男《をとこ》を待《ま》たうとさへするのである。男《をとこ》は雨戸《あまど》を開《あ》けて忍《しの》ぶ時《とき》月《つき》が冴《さ》え居《ゐ》てさへ躊躇《ちうちよ》せぬ。彼《かれ》はそれでも疊《た々み》の上《うへ》に射《さ》し込《こ》む光《ひかり》を厭《いと》うて廂《ひさし》に近《ちか》く筵《むしろ》を吊《つ》る。歪《ゆが》んだ戸《と》がぎし/\と鳴《な》るのにそれが彼等《かれら》の西瓜《すゐくわ》や瓜《うり》の畑《はたけ》を襲《おそ》ふ頃《ころ》であれば道端《みちばた》の草村《くさむら》から轡蟲《くつわむし》を捕《と》つて行《い》つて雨戸《あまど》の隙間《すきま》から放《はな》つ。轡蟲《くつわむし》は闇《くら》いなかへ放《はな》たれゝば、直《たゞち》に聲《こゑ》を揃《そろ》へて鳴《な》く。土地《とち》で其《そ》れが一|般《ぱん》にがしや/\といふ名稱《めいしよう》を與《あた》へられて居《ゐ》
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