入《せえ》たら佳味《うま》かつぺな」獨語《ひとりごと》のやうにいつた。
「煮《に》てくろうよう」與吉《よきち》はそれを聞《き》いて又《また》せがんでおつぎへ飛《と》びついて、被《かぶ》つて居《ゐ》る手拭《てぬぐひ》を引《ひ》つ張《ぱ》つた。おつぎは
「おゝ痛《いて》えまあ」と顏《かほ》を蹙《しか》めて引《ひ》かれる儘《まゝ》に首《くび》を傾《かたぶ》けていつた。亂《みだ》れた髮《かみ》の三筋《みすぢ》四筋《よすぢ》が手拭《てぬぐひ》と共《とも》に強《つよ》く引《ひ》かれたのである。
「其※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《そんな》もの鹽《しほ》でゞも茹《ゆで》てやれ」勘次《かんじ》は俄《にはか》に呶鳴《どな》つた。
「砂糖《さたう》だなんて、默《だま》つてれば知《し》らねえでるもの、泣《な》かれたらどうすんだ、砂糖《さたう》だの醤油《しやうゆ》だのつてそんなことしたつ位《くれえ》なんぼ損《そん》だか知《し》れやしねえ、おとつゝあ等《ら》そんな錢《ぜね》なんざ一錢《ひやく》だつて持《も》つてねえから、鹽《しほ》だつて容易《ようい》なもんぢやねえや、そんな餘計《よけい》なもの何《なん》になるもんぢやねえ」勘次《かんじ》は反覆《くりかへ》して叱《しか》つた。與吉《よきち》はおつぎの陰《かげ》へ廻《まは》つて抱《だ》きついた。
「どうしたもんだんべまあ、ぢつき怒《おこ》んだから」おつぎは小言《こごと》を聞《き》いて呟《つぶや》いた。
「そんだつて、おとつゝあ等《ら》そんな處《とこ》ぢやねえから」勘次《かんじ》はがつかり聲《こゑ》を落《おと》していつた。さうして沈默《ちんもく》した。
おつぎもお品《しな》が死《し》んでから苦《くる》しい生活《せいくわつ》の間《あひだ》に二たび春《はる》を迎《むか》へた。おつぎは餘儀《よぎ》なくされつゝ生活《せいくわつ》の壓迫《あつぱく》に對《たい》する抵抗力《ていかうりよく》を促進《そくしん》した。餘所《よそ》の女《をんな》の子《こ》のやうに長閑《のどか》な春《はる》は知《し》られないでおつぎは生理上《せいりじやう》にも著《いちじ》るしい變化《へんくわ》を遂《と》げた。お品《しな》が死《し》んだ時《とき》はおつぎはまだ落葉《おちば》を燻《く》べるとては竹《たけ》の火箸《ひばし》の先《さき》を直《す》ぐに燃《も》やして畢《しま》ふ程《ほど》下手《へた》な子《こ》であつた。それが横《よこ》にも竪《たて》にも大《おほ》きくなつて、肌膚《はだ》もつやゝかに見《み》えて髮《かみ》も長《なが》くなつた。おつぎの家《いへ》の後《うしろ》の崖《がけ》のやうに成《な》つた處《ところ》からは村《むら》のものが能《よ》く黄色《きいろ》な粘土《ねんど》を採《と》つた。髮《かみ》が黏《ねば》るやうになるとおつぎは其《そ》の粘土《ねんど》をこすりつけて、肌《はだ》ぬぎになつた儘《まゝ》黄色《きいろ》く染《そ》まつた頭《あたま》を井戸《ゐど》の側《そば》で洗《あら》ふのである。さうして其《そ》のふつさりとした髮《かみ》は二|度《ど》梳《す》く處《ところ》は三|度《ど》梳《す》くやうに成《な》つた。おつぎは又《また》髮《かみ》へつける胡麻《ごま》の油《あぶら》を元結《もとゆひ》で縛《しば》つた小《ちひ》さな罎《びん》へ入《い》れて大事《だいじ》に藏《しま》つて置《お》くのである。短《みじか》い期間《きかん》ではあるが針《はり》持《も》つやうになつてからは赤《あか》い襷《たすき》も絎《く》けた。半纏《はんてん》も洗濯《せんたく》した。どうにか自分《じぶん》の手《て》で仕上《しあ》げた身丈《みたけ》に足《た》りる衣物《きもの》を着《き》ておつぎは俄《にはか》に大人《おとな》びたやうに成《な》つた。田《た》や畑《はたけ》に出《で》る時《とき》にはまだ糊《のり》のぬけない半纏《はんてん》へ赤《あか》い襷《たすき》を肩《かた》から掛《か》けて勘次《かんじ》の後《うしろ》に跟《つ》いて行《ゆ》く。おつぎは仕事《しごと》にかゝる時《とき》には其《そ》の半纏《はんてん》はとつて木《き》の枝《えだ》へ懸《か》ける。おつぎの姿《すがた》は漸《やうや》く村《むら》の注目《ちうもく》に値《あたひ》した。
春《はる》の野《の》を飾《かざ》つて黄色《きいろ》な布《ぬの》を掩《おほ》うたやうな菜《な》の花《はな》も、春《はる》らしい雨《あめ》がちら/\と降《ふ》つて霜《しも》に燒《や》けたやうな葉《は》が滅切《めつきり》と青《あを》みを加《くは》へて來《き》た頃《ころ》は其《その》開《ひら》いた葉《は》の心部《しんぶ》には只《たゞ》僅《わづか》な突起《とつき》を見出《みいだ》す。然《しか》しそこには蕾《つぼみ》が明《
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