《には》へ落《おと》す事《こと》がある。鰌《どぜう》は乾《かわ》いた庭《には》の土《つち》にまぶれて苦《くる》しさうに動《うご》く。與吉《よきち》が抑《おさ》へようとする時《とき》鷄《にはとり》がひよつと來《き》て嘴《くちばし》で啄《つゝ》いて駈《か》けて行《い》つて畢《しま》ふ。他《た》の鷄《にはとり》がそれを追《お》ひ掛《か》ける。與吉《よきち》はさうすると又《また》一《ひと》しきり泣《な》くのである。
「汝《われ》あんまりうつかりしてつかんだわ」おつぎは笑《わら》ひながら、立《た》つてる與吉《よきち》の頭《あたま》を抱《だ》いてそれから手水盥《てうづだらひ》へ水《みづ》を汲《く》んで鰌《どぜう》を入《い》れて遣《や》る。與吉《よきち》は水《みづ》へ手《て》を入《い》れては鰌《どぜう》の騷《さわ》ぐのを見《み》て直《すぐ》に聲《こゑ》を立《た》てて笑《わら》ふ。おつぎはさうして置《お》いて泥《どろ》だらけの手足《てあし》を洗《あら》つてやる。
 與吉《よきち》は時々《とき/″\》鰌《どぜう》を持《も》つて來《き》た。おつぎは衣物《きもの》の泥《どろ》になるのを叱《しか》りながらそれでも威勢《ゐせい》よく田圃《たんぼ》へ出《だ》してやつた。其《そ》の度《たび》に他《ほか》の子供等《こどもら》の後《うしろ》から
「泣《な》かさねえでよきことも連《つ》れでつてくろうな」といふおつぎの聲《こゑ》が追《お》ひ掛《か》けるのであつた。僅《わづか》な鰌《どぜう》は味噌汁《みそしる》へ入《い》れて箸《はし》で骨《ほね》を扱《しご》いて與吉《よきち》へやつた。自分《じぶん》では骨《ほね》と頭《あたま》とを暫《しばら》く口《くち》へ含《ふく》んでそれから捨《す》てた。
 田《た》がそろ/\と耕《たがや》されるやうに成《なつ》た。子供等《こどもら》は又《また》一《ひと》つ/\の塊《かたまり》に耕《たがや》された田《た》を渡《わた》つて、其《その》塊《かたまり》の上《うへ》を辷《すべ》りながら越《こ》えながら、極《きは》めて小《ちひ》さい慈姑《くわゐ》のやうなゑぐの根《ね》をとつた。それは土地《とち》では訛《なま》つてゑごと喚《よ》ばれて居《ゐ》る。そこらの田《た》にはゑぐが多《おほ》いので秋《あき》の頃《ころ》に成《な》ると茂《しげ》つた稻《いね》の陰《かげ》に小《ちひ》さな白《しろ》い花《はな》が咲《さ》く。與吉《よきち》も他《た》の子供《こども》のするやうに小笊《こざる》を持《もつ》て出《で》た。鰌《どぜう》とは違《ちが》つて此《こ》れは彼《かれ》の手《て》にも僅《わづか》づゝは採《と》ることが出來《でき》た。少《すこ》しづゝ採《とつ》ては毎日《まいにち》のやうに蓄《たくは》へた。おつぎは茶《ちや》を沸《わか》す度《たび》にそれを灰《はひ》の中《なか》へ投《な》げ込《こ》んで燒《や》いてやる。火《ひ》を弄《いぢ》ることが危《あぶな》いので與吉《よきち》は獨《ひと》りで竈《かまど》へ手《て》をつけることは禁《きん》ぜられて居《ゐ》る。灰《はひ》の中《なか》へ入《い》れたばかりで與吉《よきち》は
「よう/\」といつておつぎに迫《せま》る。與吉《よきち》は燒《や》ける間《あひだ》が遲緩《もどか》しいのである。
「そんなに燒《や》けめえな、そんぢや※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、115−14]《ねえ》は構《かま》あねえぞ」とおつぎはゑぐを掻《か》き出《だ》して遣《や》る。與吉《よきち》は口《くち》へ入《い》れてもまだがり/\で且《かつ》苦《にが》いので吐《は》き出《だ》して畢《しま》ふ。
「そうら見《み》ろ、大《え》けえ姿《なり》していふこと聽《き》かねえから」おつぎは怒《おこ》つたやうな容子《ようす》をして見《み》せる。
「※[#「姉」の正字、「女+※[#第3水準1−85−57]のつくり」、116−2]《ねえ》よ、よう」と與吉《よきち》は又《また》強請《せが》む。其《そ》の時《とき》はもう皮《かは》に皴《しわ》が寄《よ》つて燒《や》けたゑぐが與吉《よきち》の手《て》に載《の》せられる。
「汝《われ》熱《あつ》えぞ」とおつぎがいへば與吉《よきち》は手《て》を引《ひ》いてゑぐは土間《どま》へ落《お》ちる。それを又《また》手《て》に載《の》せてやると與吉《よきち》はおつぎがするやうにふう/\と灰《はひ》を吹《ふ》く。與吉《よきち》は後《あと》も後《あと》もとおつぎにせがんで、勘次《かんじ》に呶鳴《どな》られては止《や》めるのである。
 蓄《たくは》へられたゑぐが小笊《こざる》に一|杯《ぱい》に成《な》つた時《とき》おつぎは小笊《こざる》を手《て》に持《も》つて
「よきげ此《これ》煮《に》てやつぺか、砂糖《さたう》でも
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