んちう》の煙管《きせる》で火鉢《ひばち》を叩《たゝ》いて居《ゐ》た。卯平《うへい》と勘次《かんじ》とは其《そ》の間《あひだ》碌《ろく》に口《くち》も利《きか》なかつた。勘次《かんじ》は自分《じぶん》の身體《からだ》と自分《じぶん》の心《こゝろ》とが別々《べつ/\》に成《な》つたやうな心持《こゝろもち》で自分《じぶん》が自分《じぶん》をどうする事《こと》も出來《でき》なかつた。それでも小作米《こさくまい》のことは其《そ》の念頭《ねんとう》から沒《ぼつ》し去《さ》ることはなかつた。貧乏《びんばふ》な小作人《こさくにん》の常《つね》として彼等《かれら》は何時《いつ》でも恐怖心《きようふしん》に襲《おそ》はれて居《ゐ》る。殊《こと》に其《そ》の地主《ぢぬし》を憚《はゞか》ることは尋常《じんじやう》ではない。さうして自分《じぶん》の作《つく》り來《きた》つた土地《とち》は死《し》んでも噛《かぢ》り附《つ》いて居《ゐ》たい程《ほど》それを惜《をし》むのである。彼等《かれら》の最初《さいしよ》に踏《ふ》んだ土《つち》の強大《きやうだい》な牽引力《けんいんりよく》は永久《えいきう》に彼等《かれら》を遠《とほ》く放《はな》たない。彼等《かれら》は到底《たうてい》其《そ》の土《つち》に苦《くる》しみ通《とほ》さねばならぬ運命《うんめい》を持《も》つて居《ゐ》るのである。
勘次《かんじ》はお品《しな》の葬式《さうしき》が濟《す》むと直《すぐ》に新《あたら》しい俵《たはら》へ入《い》れた小作米《こさくまい》を地主《ぢぬし》へ運《はこ》んで行《ゆ》かねば成《な》らぬとそれが心《こゝろ》を苦《くる》しめて居《ゐ》た。然《しか》し其《そ》の時《とき》は其《そ》の新《あたら》しい俵《たはら》の一つは輪《わ》に成《な》つた繩《なは》から拔《ぬ》けて、米《こめ》は叩《たゝ》いても幾《いく》らも出《で》なかつた。勘次《かんじ》は次《つぎ》の年《とし》には殆《ほとん》ど自分《じぶん》一人《ひとり》の手《て》で農事《のうじ》を勵《はげ》まなくてはならぬ。例年《れいねん》のやうに忙《いそが》しい季節《きせつ》に日傭《ひよう》に行《ゆ》くことも出來《でき》まいし、それにはお袋《ふくろ》に捨《す》てられた二人《ふたり》の子供《こども》も有《あ》ることだし、今《いま》から穀《こく》の用意《ようい》もしなくては成《な》らぬと思《おも》ふと自分《じぶん》の身上《しんしやう》から一|俵《ぺう》の米《こめ》を減《げん》じては到底《たうてい》立《た》ち行《ゆ》けぬことを深《ふか》く思案《しあん》して彼《かれ》は眠《ねむ》らないこともあつた。然《しか》し他《た》に方法《はうはふ》もないので彼《かれ》は地主《ぢぬし》へ哀訴《あいそ》して小作米《こさくまい》の半分《はんぶん》を次《つぎ》の秋《あき》まで貸《か》して貰《もら》つた。地主《ぢぬし》は東隣《ひがしどなり》の舊主人《きうしゆじん》であつたのでそれも承諾《しようだく》された。彼《かれ》は更《さら》に其《そ》の僅《わづか》な米《こめ》の一|部《ぶ》を割《さ》いて錢《ぜに》に換《か》へねばならぬ程《ほど》懷《ふところ》が窮《きう》して居《ゐ》たのである。
勘次《かんじ》はそれから復《ま》た利根川《とねがは》の工事《こうじ》へ行《ゆ》かねばならないと思《おも》つて居《ゐ》た。それは彼《かれ》が僅《わづか》の間《あひだ》に見《み》た放浪者《はうらうしや》の怖《おそ》ろしさを思《おも》つて、假令《たとひ》どうしても其《その》統領《とうりやう》を欺《あざむ》いて其《そ》の僅少《きんせう》な前借《ぜんしやく》の金《かね》を踏《ふ》み倒《たふ》す程《ほど》の料簡《れうけん》が起《おこ》されなかつたのである。其《そ》の内《うち》に張元《ちやうもと》から葉書《はがき》が來《き》た。彼《かれ》は只管《ひたすら》恐怖《きようふ》した。然《しか》し二人《ふたり》の子《こ》を見棄《みす》てゝ行《ゆ》くことが出來《でき》ないので、どうしていゝか判斷《はんだん》もつかなかつた。さうする内《うち》にお品《しな》の七日も過《す》ぎた。彼《かれ》は煩悶《はんもん》した。唯《たゞ》一つ卯平《うへい》が野田《のだ》へ行《ゆ》くのを暫《しばら》く猶豫《いうよ》して貰《もら》つて自分《じぶん》は其《そ》の間《あひだ》に少《すこ》しでも小遣錢《こづかひせん》を稼《かせ》いで來《き》たいと思《おも》つた。然《しか》しそれも直接《ちよくせつ》には云《い》ひ出《だ》せないので、例《れい》の桑畑《くはばたけ》一|枚《まい》隔《へだ》てた南《みなみ》へ頼《たの》んだ。數日來《すうじつらい》彼《かれ》は卯平《うへい》が其《そ》の大《おほ》きな體躯《からだ》を火鉢《ひばち》の側《そば》に据《
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