らどうしたもんだえ」側《そば》からいはれて
「見《み》てやあしめえな」と其《その》女房《にようばう》は裏戸《うらど》の口《くち》から庭《には》の方《はう》を見《み》た。さうして
「俺《お》ら見《み》てえな婆《ばゞあ》はどうで此《こ》れから娶《よめ》にでも行《い》くあてがあんぢやなし、構《かま》あねえこたあ構《かま》あねえがな」といつて笑《わら》つた。
一同《みんな》どつと笑聲《わらひごゑ》を發《はつ》した。
柩《ひつぎ》を送《おく》つた人々《ひとびと》が離れ/″\に歸《かへ》つて來《く》るまでは雜談《ざつだん》がそれからそれと止《や》まなかつた。平日《へいじつ》何等《なんら》の慰藉《ゐしや》を與《あた》へらるゝ機會《きくわい》をも有《いう》して居《ゐ》ないで、然《しか》も聞《き》きたがり、知《し》りたがり、噺《はなし》たがる彼等《かれら》は三|人《にん》とさへ聚《あつま》れば膨脹《ばうちやう》した瓦斯《ガス》が袋《ふくろ》の破綻《はたん》を求《もと》めて遁《に》げ去《さ》る如《ごと》く、遂《つひ》には前後《ぜんご》の分別《ふんべつ》もなく其《その》舌《した》を動《うご》かすのである。偶《たま/\》抽斗《ひきだし》から出《だ》した垢《あか》の附《つ》かぬ半纏《はんてん》を被《き》て、髮《かみ》にはどんな姿《なり》にも櫛《くし》を入《い》れて、さうして弔《くや》みを濟《すま》すまでは彼等《かれら》は平常《いつも》にないしほらしい容子《ようす》を保《たも》つのである。それは改《あらた》まつて不馴《ふなれ》な義理《ぎり》を述《の》べねばならぬといふ懸念《けねん》が、僅《わづか》ながら彼等《かれら》の心《こゝろ》を支配《しはい》して居《ゐ》るからである。然《しか》し土間《どま》へおりて、襷《たすき》が掛《か》けられて、膳《ぜん》や椀《わん》を洗《あら》つたり拭《ふ》いたり其《その》手《て》を忙《いそが》しく動《うご》かすやうに成《な》れば、彼等《かれら》の心《こゝろ》はそれに曳《ひ》かされて其《そ》の聞《き》きたがり、知《し》りたがり、噺《はな》したがる性情《せいじやう》の自然《しぜん》に歸《かへ》るのである。假令《たとひ》他人《たにん》の爲《ため》には悲《かな》しい日《ひ》でも其《そ》の一|日《じつ》だけは自己《じこ》の生活《せいくわつ》から離《はな》れて若干《じやくかん》の人々《ひとびと》と一|緒《しよ》に集合《しふがふ》することが彼等《かれら》には寧《むし》ろ愉快《ゆくわい》な一|日《にち》でなければならぬ。間斷《かんだん》なく消耗《せうまう》して行《ゆ》く肉體《にくたい》の缺損《けつそん》を補給《ほきふ》するために攝取《せつしゆ》する食料《しよくれう》は一|椀《わん》と雖《いへど》も悉《こと/″\》く自己《じこ》の慘憺《さんたん》たる勞力《らうりよく》の一|部《ぶ》を割《さ》いて居《ゐ》るのである。然《しか》し他人《たにん》を悼《いた》む一|日《にち》は其處《そこ》に自己《じこ》のためには何等《なんら》の損失《そんしつ》もなくて十|分《ぶん》に口腹《こうふく》の慾《よく》を滿足《まんぞく》せしめることが出來《でき》る。他人《たにん》の悲哀《ひあい》はどれ程《ほど》痛切《つうせつ》でもそれは自己《じこ》當面《たうめん》の問題《もんだい》ではない。如斯《かくのごとく》にして彼等《かれら》の聚《あつま》る處《ところ》には常《つね》に笑聲《せうせい》を絶《た》たないのである。
お品《しな》も恁《か》ういふ伴侶《なかま》の一人《ひとり》であつた。それが今日《けふ》は其《そ》の笑聲《せうせい》を後《あと》にして冷《つめ》たい土《つち》に歸《き》したのである。
五
お品《しな》は自分《じぶん》の手《て》で自分《じぶん》の身《み》を殺《ころ》したのである。お品《しな》は十九の暮《くれ》におつぎを産《う》んでから其《その》次《つぎ》の年《とし》にも亦《また》姙娠《にんしん》した。其《そ》の時《とき》は彼等《かれら》は窮迫《きうはく》の極度《きよくど》に達《たつ》して居《ゐ》たので其《そ》の胎兒《たいじ》は死《し》んだお袋《ふくろ》の手《て》で七月|目《め》に墮胎《だたい》して畢《しま》つた。それはまだ秋《あき》の暑《あつ》い頃《ころ》であつた。強健《きやうけん》なお品《しな》は四五|日《にち》經《た》つと林《はやし》の中《なか》で草刈《くさかり》をして居《ゐ》た。それでも無理《むり》をした爲《ため》に其《その》後《ご》大煩《おほわづら》ひはなかつたが恢復《くわいふく》するまでには暫《しばら》くぶら/\して居《ゐ》た。それからといふものはどういふものかお品《しな》は姙娠《にんしん》しなかつた。おつぎが十三の時《とき》與
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