《て》を胸《むね》で合《あは》せてやつた。さうして機《はた》の道具《だうぐ》の一《ひと》つである杼《ひ》を蒲團《ふとん》へ乘《の》せた。猫《ねこ》が死人《しにん》を越《こ》えて渡《わた》ると化《ば》けるといつて杼《ひ》は猫《ねこ》の防禦《ばうぎよ》であつた。杼《ひ》を乘《の》せて置《お》けば猫《ねこ》は渡《わた》らないと信《しん》ぜられて居《ゐ》るのである。
夜《よ》は益《ます/\》深《ふ》けて冷《ひ》え切《き》つて居《ゐ》た。家《いへ》の内《うち》には一|塊《くわい》の※[#「火+畏」、第3水準1−87−57]《おき》も貯《たくは》へてはなかつた。枕元《まくらもと》に居《ゐ》た近所《きんじよ》の人々《ひと/″\》は勘次《かんじ》とおつぎの泣《な》き止《や》むまでは身體《からだ》を動《うご》かすことも出來《でき》ないで凝然《ぢつ》と冷《つめ》たい手《て》を懷《ふところ》に暖《あたゝ》めて居《ゐ》た。おつぎは漸《やうや》く竈《かまど》へ落葉《おちば》を燻《く》べて茶《ちや》を沸《わか》した、みんな只《たゞ》ぽつさりとして茶《ちや》を啜《すゝ》つた。
「勘次《かんじ》もかせえて[#「かせえて」に傍点]知《し》らせやがればえゝのに」卯平《うへい》がぶすりと呟《つぶや》く聲《こゑ》は低《ひく》くしかもみんなの耳《みゝ》の底《そこ》に響《ひゞ》いた。卯平《うへい》は其《そ》の日《ひ》の未明《みめい》に使《つかひ》の來《く》るまではお品《しな》の病氣《びやうき》はちつとも知《し》らずに居《ゐ》た。驚《おどろ》いて來《き》て見《み》ればもうこんな始末《しまつ》である。卯平《うへい》も泣《な》いた。彼《かれ》は煙管《きせる》を噛《か》んでは只《たゞ》舌皷《したつゞみ》を打《う》つて唾《つば》を嚥《の》んだ。勘次《かんじ》は只《たゞ》泣《な》いて居《ゐ》た。彼《かれ》はお品《しな》の發病《はつびやう》からどれ程《ほど》苦心《くしん》して其《その》身《み》を勞《らう》したか知《し》れぬ。お品《しな》の病氣《びやうき》を案《あん》ずる外《ほか》彼《かれ》の心《こゝろ》には何《なに》もなかつた。其《その》當時《たうじ》には卯平《うへい》に不平《ふへい》をいはれやうといふやうな懸念《けねん》は寸毫《すこし》も頭《あたま》に起《おこ》らなかつたのである。
お品《しな》の死《し》は卯平《うへ
前へ
次へ
全478ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング