もなあ」といつて又《また》發作《ほつさ》の苦惱《くなう》に陷《おちい》つた。
「勘次《かんじ》さん、俺《おら》死《し》んだらなあ、棺桶《くわんをけ》へ入《い》れてくろうよ……」勘次《かんじ》は聞《き》かうとすると暫《しばら》く間《あひだ》を隔《へだ》てて
「後《うしろ》の田《た》の畔《くろ》になあ、牛胡頽子《うしぐみ》のとこでなあ」お品《しな》は切《き》れ/″\にいつた。勘次《かんじ》は略《ほゞ》其《そ》の意《い》を了解《れうかい》した。
 お品《しな》はそれから劇烈《げきれつ》な發作《ほつさ》に遮《さへ》ぎられてもういはなかつた。突然《とつぜん》
「風呂敷《ふろしき》、/\」
と理由《わけ》の解《わか》らぬ囈語《うはごと》をいつて、意識《いしき》は全《まつた》く不明《ふめい》に成《な》つた。遂《つひ》には異常《いじやう》な力《ちから》が加《くは》はつたかと思《おも》ふやうにお品《しな》の足《あし》は蒲團《ふとん》を蹴《けつ》て身體《からだ》が激動《げきどう》した。枕元《まくらもと》に居《ゐ》た人々《ひと/″\》は各自《てんで》に苦《くる》しむお品《しな》の足《あし》を抑《おさ》へた。恁《か》うして人々《ひと/″\》は刻々《こく/\》に死《し》の運命《うんめい》に逼《せま》られて行《ゆ》くお品《しな》の病體《びやうたい》を壓迫《あつぱく》した。お品《しな》の發作《ほつさ》が止《や》んだ時《とき》は微《かす》かな其《そ》の呼吸《こきふ》も止《とま》つた。
 夜《よ》は森《しん》として居《ゐ》た。雨戸《あまど》が微《かす》かに動《うご》いて落葉《おちば》の庭《には》を走《はし》るのもさら/\と聞《き》かれた。お品《しな》の身體《からだ》は足《あし》の方《はう》から冷《つめ》たくなつた。お品《しな》が死《し》んだといふことを意識《いしき》した時《とき》に勘次《かんじ》もおつぎもみんな怺《こら》へた情《じやう》が一|時《じ》に激發《げきはつ》した。さうして遠慮《ゑんりよ》をする餘裕《よゆう》を有《も》たない彼等《かれら》は聲《こゑ》を放《はな》つて泣《な》いた。枕元《まくらもと》のものは皆《みな》共《とも》に泣《な》いた。與吉《よきち》は獨《ひと》り死《し》んだお品《しな》の側《そば》に熟睡《じゆくすゐ》して居《ゐ》た。卯平《うへい》は取《と》り取《あへ》ずお品《しな》の手
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