を捻《ひね》つて默《だま》つて居《ゐ》た。
「どうでせうね先生《せんせい》さん」勘次《かんじ》も聞《き》いた。
「まあ大丈夫《だいぢやうぶ》だらうつて病人《びやうにん》へだけはいつて居《ゐ》たらいゝでせう」醫者《いしや》は耳語《さゝや》いた。
「お品《しな》、大丈夫《だいぢやうぶ》だとよ、夫《それ》から我慢《がまん》して確乎《しつかり》してろとよ」勘次《かんじ》は病人《びやうにん》の耳《みゝ》で呶鳴《どな》つた。
「そんでも俺《お》ら明日《あす》の日《ひ》まではとつても持《も》たねえと思《おも》ふよ。本當《ほんたう》に俺《お》ら大儀《こは》い[#「い」に「ママ」の注記]ゝなあ」お品《しな》は切《せつ》な相《さう》にいつた。齒《は》の間《あひだ》を漸《やうや》くに洩《も》れる聲《こゑ》は悲《かな》しい響《ひゞき》を傳《つた》へて然《し》かも意識《いしき》は明瞭《めいれう》であることを示《しめ》した。醫者《いしや》は遂《つひ》に極量《きよくりやう》のモルヒネを注射《ちうしや》して去《さ》つた。
夜《よ》になつて痙攣《けいれん》は間斷《かんだん》なく發作《ほつさ》した。熱度《ねつど》は非常《ひじやう》に昂進《かうしん》した。液體《えきたい》の一|滴《てき》をも攝取《せつしゆ》することが出來《でき》ないにも拘《かゝは》らず、亂《みだ》れた髮《かみ》の毛《け》毎《ごと》に傳《つた》ひて落《おち》るかと思《おも》ふやうに汗《あせ》が玉《たま》をなして垂《た》れた。蒲團《ふとん》を濕《ぬら》す汗《あせ》の臭《くさみ》が鼻《はな》を衝《つ》いた。
「勘次《かんじ》さん此處《ここ》に居《ゐ》てくろうよ」お品《しな》は苦《くる》しい内《うち》にも只管《ひたすら》勘次《かんじ》を慕《した》つた。
「おうよ、こゝに居《ゐ》たよ、何處《どこ》へも行《ゆき》やしねえよ」勘次《かんじ》は其《その》度《たび》に耳《みゝ》へ口《くち》を當《あて》ていつた。
「勘次《かんじ》さん」お品《しな》は又《また》喚《よ》んた。
「怎的《どう》したよ」勘次《かんじ》のいつたのはお品《しな》に通《つう》じなかつたのか
「おとつゝあ、俺《お》らとつてもなあ」とお品《しな》は少時《しばし》間《あひだ》を措《お》いて、さうして勘次《かんじ》の手《て》を執《と》つた。
「おつう汝《われ》はなあ、よき[#「よき」に傍点]
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