居《ゐ》たならば彼《かれ》は其《そ》の時《とき》自分《じぶん》が欲《ほつ》したやうに冷《つめ》たい骸《むくろ》から蘇生《よみがへ》らなかつたかも知《し》れなかつた。勘次《かんじ》の冴《さ》えた目《め》が隙間《すきま》から射《さ》す白《しろ》い雪《ゆき》の光《ひかり》に欺《あざむ》かれておつぎを水汲《みづく》みに出《だ》した。さうして卯平《うへい》は救《すく》はれたのである。
「爺《ぢい》どうした、心持《こゝろもち》惡《わる》かねえか、はあ」とおつぎは卯平《うへい》が周圍《あたり》を見《み》た時《とき》耳《みゝ》へ口《くち》を當《あ》てゝいつた。
「動《いご》かねえでろ爺《ぢい》、喰《た》べてえ物《もの》でもねえか」おつぎは復《ま》た軟《やはら》かにいつた。卯平《うへい》は只《たゞ》點頭《うなづ》いた。
「おとつゝあ、そんでもちつた確乎《しつかり》してか」勘次《かんじ》は其《そ》の尾《を》に跟《つ》いて聞《き》いた。ほつと息《いき》をついたやうな容子《ようす》は勘次《かんじ》の衷心《ちうしん》からの悦《よろこ》びであつた。
「おとつゝあ、火傷《やけど》は痛《えて》えけまあだ」勘次《かんじ》は直《すぐ》に後《あと》の言辭《ことば》を續《つゞ》けた。
「枕《まくら》はおつゝけらんねえな」卯平《うへい》は軟《やはら》かな目《め》を蹙《しが》めるやうにした。
 勘次《かんじ》はふいと駈《か》け出《だ》して暫《しばら》く經《た》つて歸《かへ》つて來《き》た時《とき》には手《て》に白《しろ》い曝木綿《さらしもめん》の古新聞紙《ふるしんぶんがみ》の切端《きれはし》に包《つゝ》んだのを持《も》つて居《ゐ》た。彼《かれ》はそれを四つに裂《さ》いて、醫者《いしや》がしたやうに白《しろ》い練藥《ねりぐすり》を腿《もゝ》の上《うへ》でガーゼへ塗《ぬ》つて、卯平《うへい》の横頬《よこほゝ》へ貼《は》つた曝木綿《さらしもめん》でぐる/\と卷《ま》いた。彼《かれ》は與吉《よきち》にさへ白《しろ》い藥《くすり》を惜《を》しんで醫者《いしや》から貰《もら》つた儘《まゝ》藏《しま》つて置《お》いたのであつた。卯平《うへい》は凝然《ぢつ》として勘次《かんじ》の爲《す》る儘《まゝ》に任《まか》せた。不器用《ぶきよう》な少《すこ》し動《うご》けば轉《こ》け相《さう》な繃帶《ほうたい》であつたが夫《それ》でも勘
前へ 次へ
全478ページ中465ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング