》を施《ほどこ》した。手先《てさき》の火傷《やけど》は横頬《よこほゝ》のやうな疼痛《いたみ》も瘡痍《きず》もなかつたが醫者《いしや》は其處《そこ》にもざつと繃帶《ほうたい》をした。與吉《よきち》は目《め》ばかり出《だ》して大袈裟《おほげさ》な姿《すがた》に成《な》つて歸《かへ》つて來《き》た。
與吉《よきち》は繃帶《ほうたい》をしてから疼痛《いたみ》もとれた。繃帶《ほうたい》は又《また》直接《ちよくせつ》他《た》の物《もの》との摩擦《まさつ》を防《ふせ》いで、彼《かれ》に快《こゝろ》よく村落《むら》の内《うち》を彷徨《さまよ》はせた。繃帶《ほうたい》が乾《かわ》いて居《を》れば五六|日《にち》は棄《す》てゝ置《お》いても好《い》いが、液汁《みづ》が浸《し》み出《だ》すやうならば明日《あす》にも直《すぐ》に來《く》るやうにと醫者《いしや》はいつたのであるが、液汁《みづ》は幸《さいは》ひにぱつちりと點《てん》を打《う》つたのみで別段《べつだん》擴《ひろ》がりもしなかつた。
おつぎは燒趾《やけあと》の始末《しまつ》の忙《せは》しい間《あひだ》にも時々《とき/″\》卯平《うへい》を見《み》た。然《しか》し卯平《うへい》を慰《なぐさ》めるに一|錢《せん》の蓄《たくは》へもないおつぎは猶且《やつぱり》何《なん》の方法《はうはふ》も手段《しゆだん》も見出《みいだ》し得《え》なかつたのである。
おつぎは勘次《かんじ》が漸《やうや》くにして求《もと》めた僅《わづか》な米《こめ》を竊《そつ》と前垂《まへだれ》に隱《かく》して持《も》つて行《い》つた。米《こめ》には挽割麥《ひきわり》が交《まじ》つて居《ゐ》る。おつぎは決《けつ》して卯平《うへい》を滿足《まんぞく》させ得《う》ることとは思《おも》はなかつたが、彼《かれ》が喫《た》べて見《み》ようといへば粥《かゆ》にでも炊《た》いてやらうと思《おも》つたのである。然《しか》しおつぎが恥《は》ぢつゝそれでも餘儀《よぎ》なく隱《かく》して持《も》つて行《い》つた米《こめ》の必要《ひつえう》はなかつた。念佛《ねんぶつ》の伴侶《なかま》が交互《かはりがはり》に少《すこ》しづゝの食料《しよくれう》を持《も》つて來《き》てくれるのを卯平《うへい》は屹度《きつと》餘《あま》して居《ゐ》た。
「爺《ぢい》、そんでもちつた鹽梅《あんべえ》よくなつたやう
前へ
次へ
全478ページ中447ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング