立《た》つて居《ゐ》る後《うしろ》の林《はやし》の竹《たけ》は外側《そとがは》がぐるりと枯《か》れて、焦《こ》げた枝《えだ》が青《あを》い枝《えだ》を掩《おほ》うて幹《みき》は火《ひ》の近《ちか》かつた部分《ぶゞん》は油《あぶら》を吹《ふ》いてきら/\と滑《なめら》かに變《かは》つて居《ゐ》た。
 東隣《ひがしどなり》の主人《しゆじん》の庭《には》には此《こ》の日《ひ》も村落《むら》の者《もの》が大勢《おほぜい》集《あつ》まつて大《おほ》きな燒趾《やけあと》の始末《しまつ》に忙殺《ばうさつ》された。それで其《その》人々《ひと/″\》は勘次《かんじ》の庭《には》に手《て》を藉《か》さうとはしなかつた。彼等《かれら》は隣《となり》の主人《しゆじん》に對《たい》して平素《へいそ》に報《むく》いようとするよりも將來《しやうらい》を怖《おそ》れて居《ゐ》る。彼等《かれら》は皆《みな》齊《ひと》しく靜《しづ》かに落《おち》ついた白晝《はくちう》の庭《には》に立《たつ》ことが其《そ》の家族《かぞく》の目《め》に觸《ふ》れ易《やす》いことを知《し》つて居《ゐ》るのである。勘次《かんじ》は疲《つか》れた身體《からだ》を其《そ》の日《ひ》も餘念《よねん》なく使役《しえき》した。其《そ》の夜《よ》は三|人《にん》が空《そら》を戴《いたゞ》いて狹《せま》い筵《むしろ》に明《あか》すのには、僅《わづか》でも其《その》身體《からだ》を暖《あたゝ》める火《ひ》は消滅《せうめつ》して居《ゐ》たのである。三|人《にん》は其《その》夜《よ》南《みなみ》の家《いへ》に導《みちび》かれた。勘次《かんじ》もおつぎも汗《あせ》と灰《はひ》と埃《ほこり》とに汚《よご》れた身體《からだ》を風呂《ふろ》に洗《あら》ひ落《おと》した。快《こゝろ》よかつた其《その》風呂《ふろ》が氣盡《きづく》しな他人《たにん》の家《いへ》に彼等《かれら》をぐつすりと熟睡《じゆくすゐ》させて二|日間《かかん》の疲勞《ひらう》を忘《わす》れさせようとした。
 與吉《よきち》の横頬《よこほゝ》は皮膚《ひふ》が僅《わづか》に水疱《すゐはう》を生《しやう》じて膨《ふく》れて居《ゐ》た。彼《かれ》は其《そ》の日《ひ》の機嫌《きげん》が惡《わる》かつた。南《みなみ》の女房《にようばう》は其《そ》の水疱《すゐはう》に頭髮《あたま》へつける胡麻《ごま》
前へ 次へ
全478ページ中443ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング