た》飛《と》んで行《い》つた。然《しか》し其《そ》の二|號《がう》の血清《けつせい》は何處《どこ》にも品切《しなぎれ》であつた。それは或《ある》期間《きかん》を經過《けいくわ》すれば効力《かうりよく》が無《な》くなるので餘計《よけい》な仕入《しいれ》もしないのだと藥舖《くすりや》ではいつた。それに値段《ねだん》が不廉《たかい》ものだからといふのであつた。勘次《かんじ》はそれでも幾《いく》ら位《ぐらゐ》するものかと思《おも》つて聞《き》いたら一罎《ひとびん》が三|圓《ゑん》だといつた。勘次《かんじ》は例令《たとひ》品物《しなもの》が有《あ》つた處《ところ》で、自分《じぶん》の現在《いま》の力《ちから》では到底《たうてい》それは求《もと》められなかつたかも知《し》れぬと今更《いまさら》のやうに喫驚《びつくり》して懷《ふところ》へ手《て》を入《い》れて見《み》た。
 醫者《いしや》は更《さら》に勘次《かんじ》を藥舖《くすりや》へ走《はし》らせた。勘次《かんじ》は只《たゞ》醫者《いしや》のいふが儘《まゝ》に息《いき》せき切《き》つて駈《か》けて歩《ある》く間《あひだ》が、屹度《きつと》どうにか防《ふせ》ぎをつけてくれるだらうとの恃《たのみ》もあるので僅《わづか》に自分《じぶん》の心《こゝろ》を慰《なぐさ》め得《う》る唯《ゆゐ》一の機會《きくわい》であつた。醫者《いしや》は一|號《がう》の倍量《ばいりやう》を注射《ちうしや》した。然《しか》しそれは徒勞《とらう》であつた。病人《びやうにん》の發作《ほつさ》は間《あひだ》が短《みじか》くなつた。病人《びやうにん》は其《その》度《たび》に呼吸《こきふ》に壓迫《あつぱく》を感《かん》じた。近所《きんじよ》の者《もの》も三四|人《にん》で苦惱《くなう》する枕元《まくらもと》に居《ゐ》て皆《みな》憂愁《いうしう》に包《つゝ》まれた。お品《しな》は突然《とつぜん》
「野田《のだ》へは知《し》らせてくれめえか」と聞《き》いた。勘次《かんじ》も近所《きんじよ》の者《もの》も卯平《うへい》へ知《し》らせることも忘《わす》れて只《たゞ》苦惱《くなう》する病人《びやうにん》を前《まへ》に控《ひか》へて困《こま》つて居《ゐ》るのみであつた。
「明日《あした》は屹度《きつと》來《く》るやうにいつて遣《や》つたよ」勘次《かんじ》はお品《しな》の耳《みゝ》
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