《ゆ》くのでなくては勘次《かんじ》には不安《ふあん》で堪《たま》らないのである、さうして彼《かれ》はぽつさりと玄關《げんくわん》に踞《うづくま》つて待《ま》つて居《ゐ》ることがせめてもの氣安《きやす》めであつた。醫者《いしや》は小《ちひ》さな手鞄《てかばん》を一つ持《も》つて古《ふる》い帽子《ばうし》をちよつぽり載《いたゞ》いて出《で》た。手鞄《てかばん》は勘次《かんじ》が大事相《だいじさう》に持《も》つた。醫者《いしや》は特別《とくべつ》の出來事《できごと》がなければ俥《くるま》には乘《の》らないので、いつも朴齒《ほうば》の日和下駄《ひよりげた》で短《みじか》い體躯《からだ》をぽく/\と運《はこ》んで行《ゆ》く。それで車錢《くるません》だけでも幾《いく》ら助《たす》かるか知《し》れないといふので貧乏《びんばふ》な百姓《ひやくしやう》から能《よ》く聘《よば》れて居《ゐ》るのであつた。勘次《かんじ》は途次《みち/\》お品《しな》の容態《ようだい》を語《かた》つて醫者《いしや》の判斷《はんだん》を促《うなが》して見《み》た。醫者《いしや》は一|應《おう》見《み》なければ分《わか》らぬといつて五月蠅《うるさ》い勘次《かんじ》に返辭《へんじ》しなかつた。お品《しな》の病體《びやうたい》に手《て》を掛《か》けると醫者《いしや》は有繋《さすが》に首《くび》を傾《かたぶ》けた。それが破傷風《はしやうふう》の徴候《てうこう》であることを知《し》つて恐怖心《きようふしん》を懷《いだ》いた。さうして自分《じぶん》は注射器《ちうしやき》を持《も》たないからといつて辭退《じたい》して畢《しま》つた。勘次《かんじ》は又《また》慌《あわ》てゝ他《た》の醫者《いしや》へ駈《か》けつけた。其《そ》の醫者《いしや》は鉛筆《えんぴつ》で手帖《ててふ》の端《はし》へ一寸《ちよつと》書《か》きつけて、それでは直《すぐ》に此《これ》を藥舖《くすりや》で買《か》つて來《く》るのだといつた。それから自分《じぶん》の家《うち》へ此《これ》を出《だ》せば渡《わた》して呉《く》れるものがあるからと此《これ》も手帖《ててふ》の端《はし》を裂《さ》いた。勘次《かんじ》は又《また》川《かは》を越《こ》えて走《はし》つた。藥舖《くすりや》では罎《びん》へ入《い》れた藥《くすり》を二包《ふたつゝみ》渡《わた》して呉《く》れた。
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