つかり》と保《たも》たれてある。そこで乾燥《かんさう》した枯葉《かれは》は少《すこ》しのことにさへ相《あひ》倚《よ》つてさや/\と互《たがひ》に恐怖《きやうふ》を耳語《さゝや》くのである。然《しか》し樹木《じゆもく》が吸收《きふしう》して獲《え》た物質《ぶつしつ》の一|部《ぶ》を地《つち》及《およ》び空氣《くうき》に還元《くわんげん》せしめようとして凡《すべ》ての葉《は》を梢《こずゑ》から奪《うば》つて、到《いた》る處《ところ》空濶《くうくわつ》で且《かつ》簡單《かんたん》にすることを好《この》む冬《ふゆ》の目《め》には、櫟《くぬぎ》の枯葉《かれは》は錯雜《さくざつ》し、溷濁《こんだく》して見《み》えねばならぬ。それで巨人《きよじん》を載《の》せた西風《にしかぜ》が其《その》爪先《つまさき》にそれを蹴飛《けと》ばさうとしても、恐《おそ》ろしく執念深《しふねんぶか》い枯葉《かれは》は泣《な》いてさうして其《そ》の力《ちから》を保《たも》たうとする。偶《たまたま》力《ちから》が足《た》りないで吹《ふ》き散《ち》らされたのは、さういふ時《とき》に非常《ひじやう》に便利《べんり》なやうに捲《ま》いてあるので、どんな陰《かげ》でも其《そ》の身《み》を託《たく》する場所《ばしよ》を求《もと》めてころ/\と轉《ころ》がつて行《い》つては、自分《じぶん》の伴侶《なかま》が一つに相《あひ》倚《よ》り相《あひ》抱《いだ》いて微風《びふう》にさへ絶《た》えず響《ひゞき》を立《た》てゝ戰慄《せんりつ》しつゝあるのである。
 勘次《かんじ》は斯《か》ういふ櫟《くぬぎ》の木《き》を植《う》ゑて林《はやし》を造《つく》るべき土地《とち》の開墾《かいこん》をする爲《ため》にもう幾年《いくねん》といふ間《あひだ》雇《やと》はれて其《そ》の力《ちから》を竭《つく》した。彼《かれ》は漸《やうや》く林相《りんさう》を形《かたち》づくつて來《き》た櫟林《くぬぎばやし》に沿《そ》うて田圃《たんぼ》を越《こ》えて走《はし》つた。田圃《たんぼ》の鴫《しぎ》が何《なに》に驚《おどろ》いたかきゝと鳴《な》いて、刈株《かりかぶ》を掠《かす》めるやうにして慌《あわ》てゝ飛《とん》で行《いつ》た。さうして後《のち》は白《しろ》く閉《とざ》した氷《こほり》が時々《ときどき》ぴり/\と鳴《なつ》てしやり/\と壞《こは》れるのみ
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