と》に失望《しつばう》と滿足《まんぞく》とが悉皆《みんな》の顏《かほ》にそれからそれと移《うつ》つて行《ゆ》く。
 綱《つな》をぎつと束《つか》ねて引《ひ》かせる手《て》もとや、一《ひと》つづゝに思案《しあん》しながら然《しか》も掴《つか》んだら威勢《ゐせい》よくすいと引《ひ》く手《て》もとは彼等《かれら》が硬《こは》ばつた手《て》でありながら熟練《じゆくれん》してさうして敏捷《びんせふ》に運動《うんどう》する。綱《つな》の周圍《しうゐ》から悉皆《みんな》の形《かたち》づくつて居《ゐ》る輪《わ》が縮《ちゞ》まるやうにして、一《ひと》つ掴《つか》んでは又《また》其《そ》の輪《わ》が擴《ひろ》がるやうにしつゝ引《ひ》く容子《ようす》は大勢《おほぜい》が一《ひと》つの紐《ひも》を打《う》つて居《ゐ》るやうな形《かたち》にも見《み》えた。彼等《かれら》は忙《いそが》しく手《て》を動《うご》かして居《ゐ》ると共《とも》に聲《こゑ》を殺《ころ》してひそ/\と然《し》かも力《ちから》を入《い》れて笑語《さゞめ》いた。彼等《かれら》は戸外《こぐわい》の聞《きこ》えを憚《はばか》らぬならば興味《きようみ》に乘《じよう》じて放膽《はうたん》に騷《さわ》ぐ筈《はず》でなければならぬ。各自《かくじ》の前《まへ》に在《あ》る錢《ぜに》はどつぺを引《ひ》き當《あ》てた者《もの》の手《て》に一《ひと》つづゝ引《ひ》き去《さ》られて誰《たれ》の前《まへ》にも全《まつた》くなくなつた時《とき》又《また》更《さら》に置《お》かれるのである。彼等《かれら》はそれに熱中《ねつちう》して全《まつた》く他《た》を忘《わす》れて居《ゐ》る。寶引《はうびき》にも酒《さけ》にも加《くは》はらぬ老人等《としよりら》は棚《たな》の周圍《しうゐ》を廻《まは》つてからは歸《かへ》つたものも有《あ》つて寮《れう》には幾《いく》らか人數《にんず》も減《へ》つて居《ゐ》たが、圍爐裏《ゐろり》の邊《ほとり》は醉《ゑひ》が加《くは》はつて寶引《はうびき》の群《むれ》に行《ゆ》かぬ婆《ばあ》さん等《ら》は酒《さけ》の好《す》きな孰《ど》れも威勢《ゐせい》のいゝものばかりであつた。
「なあおめえ、こんで俺《お》らも若《わ》けえ時《とき》にや面白《おもしろ》えのがんだよなあ」と爺《ぢい》さんの肩《かた》へ靠《もた》れ掛《かゝ》るものもあつ
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