後《うしろ》の戸口《とぐち》から家《うち》へもどつた時《とき》更《さら》に叫《さけ》んだ勘次《かんじ》の聲《こゑ》を聞《き》くと共《とも》に、天秤《てんびん》を擔《かつ》いだ儘《まゝ》ぼんやり立《た》つて居《ゐ》る商人《あきんど》の姿《すがた》を庭葢《にはぶた》の上《うへ》に見《み》た。
「お品《しな》卵《たまご》欲《ほ》しいと」勘次《かんじ》は次《つぎ》の桶《をけ》の青菜《あをな》に鹽《しほ》を振《ふ》り掛《か》けながらいつた。
「幾《いく》らか有《あ》つたつけな」お品《しな》は戸棚《とだな》の抽斗《ひきだし》から白《しろ》い皮《かは》の卵《たまご》を廿ばかり出《だ》した。
「おつう、四五日|見《み》ねえで居《ゐ》たつけが塒《とや》にも幾《いく》らか有《あ》つたつけべ、あがつて見《み》ねえか」おつぎに吩附《いひつ》けた。おつぎは米俵《こめだはら》へ登《のぼ》つて其《その》上《うへ》に低《ひく》く釣《つ》つた竹籃《たけかご》の塒《とや》を覗《のぞ》いた時《とき》、牝※[#「奚+隹」、第3水準1−93−66]《めんどり》が一|羽《は》けたゝましく飛《と》び出《だ》して後《うしろ》の楢《なら》の木《き》の中《なか》へ鳴《な》き込《こ》んだ。他《た》の鷄《にはとり》も一しきり共《とも》に喧《やかま》しく鳴《な》いた。おつぎは手《て》を延《の》ばしては卵《たまご》を一つ/\に取《と》つて袂《たもと》へ入《い》れた。おつぎは袂《たもと》をぶら/\させて危相《あぶなさう》に米俵《こめだはら》を降《お》りた。其處《そこ》にも卵《たまご》は六つばかりあつた。商人《あきんど》は卸《おろ》した四|角《かく》なぼて笊《ざる》から眞鍮《しんちう》の皿《さら》と鍵《かぎ》が吊《つる》された秤《はかり》を出《だ》した。
「掛《かけ》は幾《いく》らだね」お品《しな》は聞《き》いた。
「十一|半《はん》さ、近頃《ちかごろ》どうも安《やす》くつてな」商人《あきんど》はいひながら淺《あさ》い目笊《めざる》へ卵《たまご》を入《い》れて萠黄《もえぎ》の紐《ひも》のたどり[#「たどり」に傍点]を持《も》つて秤《はかり》の棹《さを》を目《め》八|分《ぶ》にして、さうして分銅《ふんどう》の絲《いと》をぎつと抑《おさ》へた儘《まゝ》銀色《ぎんいろ》の目《め》を數《かぞ》へた。玩具《おもちや》のやうな小《ちひ》さな
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