》るのだとは知《し》らないで、寧《むし》ろ老人《らうじん》に通有《つういう》な倦怠《けんたい》に伴《ともな》ふ睡眠《すゐみん》を貪《むさぼ》つて居《ゐ》るのだらう位《ぐらゐ》に見《み》るのであつた。枕元《まくらもと》の火鉢《ひばち》は戸口《とぐち》からでは彼《かれ》の薄《うす》い白髮《しらが》の頭《あたま》を掩《おほ》うて居《ゐ》た。彼《かれ》はさうかと思《おも》ふと起《お》きて一|心《しん》に草鞋《わらぢ》を作《つく》ることがある。彼《かれ》の仕事《しごと》は老衰《らうすゐ》して面倒《めんだう》な樣《やう》であるが、其《そ》の天性《てんせい》の器用《きよう》は失《うしな》はれなかつた。彼《かれ》は五|足《そく》づつを一《ひと》つに束《たば》ねた草鞋《わらぢ》とそれから繩《なは》が一荷物《ひとにもつ》に成《な》ると大風呂敷《おほぶろしき》で脊負《しよ》つて出《で》た。それは大抵《たいてい》暖《あたゝ》かな日《ひ》に限《かぎ》られて居《ゐ》るのであつたが、其《その》時《とき》は彼《かれ》の大《おほ》きな躯幹《からだ》はきりゝと帶《おび》を締《し》めて、股引《もゝひき》の上《うへ》に高《たか》く尻《しり》を端折《はしよ》つてまだ頼母《たのも》しげにがつしりとして見《み》えるのであつた。
 卯平《うへい》は斯《か》うして仕事《しごと》をして見《み》たり寐《ね》て見《み》たり、それから自分《じぶん》で小鍋立《こなべだて》をするかと思《おも》へば家族《かぞく》三|人《にん》と共《とも》に膳《ぜん》へ向《むか》つたり、側《そば》から見《み》て居《ゐ》る勘次《かんじ》には氣《き》が知《し》れぬ爺《ぢい》さんであつた。卯平《うへい》は時々《とき/″\》鹽鮭《しほざけ》の一切《ひときれ》を古新聞紙《ふるしんぶんし》の端《はし》へ包《つゝ》んで來《き》ては火鉢《ひばち》へ鐵《てつ》の火箸《ひばし》を渡《わた》して、少《すこ》し燻《いぶ》る麁朶《そだ》の火《ひ》に燒《や》いた。彼《かれ》は危險《あぶな》い手《て》もとで間違《まちが》つて落《おと》しては灰《はひ》にくるまつても口《くち》でふう/\と吹《ふ》いて手《て》でばた/\と叩《たゝ》くのみで洗《あら》ふこともしなかつた。じり/\と白《しろ》く火箸《ひばし》へ燒《や》け附《つ》いた鹽《しほ》が長《なが》く火箸《ひばし》に臭氣《しうき》
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