苦竹《まだけ》に交《まじ》つたのを後《うしろ》の林《はやし》から伐《き》つたのである。次《つぎ》の日《ひ》土《つち》は能《よ》く水《みづ》を引《ひ》いて居《ゐ》て程《ほど》よく溲《こ》ねられた。勘次《かんじ》はおつぎに其《そ》の泥《どろ》を盥《たらひ》へ運《はこ》ばせて置《お》いて不器用《ぶきよう》な手《て》もとで塗《ぬ》つた。卯平《うへい》は猶《なほ》も篠《しの》で編《あ》み残《のこ》した箇所《かしよ》を拵《こしら》へて居《ゐ》た。
 塗《ぬ》りたての壁《かべ》は狹苦《せまくる》しい小屋《こや》の内側《うちがは》を濕《しめ》つぽく且《かつ》闇《くら》くした。壁《かべ》の土《つち》の段々《だん/\》に乾《かわ》くのが待遠《まちどほ》で卯平《うへい》は毎日《まいにち》床《ゆか》の上《うへ》の筵《むしろ》に坐《すわ》つて火《ひ》を焚《たい》た。彼《かれ》は近頃《ちかごろ》に成《な》つてから毎日《まいにち》の樣《やう》に林《はやし》を歩《ある》いては麁朶《そだ》を脊負《せお》つて來《き》て折《を》つては焚《た》き折《を》つては焚《た》きして居《ゐ》た。壁《かべ》を塗《ぬ》る時《とき》格子目《かうしめ》から内側《うちがは》へ捲《ま》くれ出《で》た泥《どろ》の一つ/\がだん/\に白《しろ》つぽく乾《かわ》いて明《あか》るく成《な》つた時《とき》勘次《かんじ》は又《また》内側《うちがは》から塗《ぬ》つて捲《まく》れて出《で》た一つ/\を一|帶《たい》に隱《かく》した。卯平《うへい》は掘立小屋《ほつたてごや》を建《た》てるとなつたら勘次《かんじ》が此《こ》れ迄《まで》になく油《あぶら》が乘《の》つた樣《やう》に威勢《ゐせい》よく仕事《しごと》をしてくれるのを何《なん》となく嬉《うれ》しく思《おも》つて見《み》たが、夫《それ》でも仕事《しごと》をしながらしみ/″\口《くち》を利《き》くのでもなければ、毎日《まいにち》膳《ぜん》を竝《なら》べると屹度《きつと》僻《ひが》んだやうな顏《かほ》をされるので、卯平《うへい》は一|日《にち》も速《はや》く別《べつ》に成《な》つて見《み》たい心《こゝろ》から更《さら》に塗《ぬ》つた壁《かべ》の爲《ため》に再《ふたゝ》び闇《くら》くなつた小屋《こや》の明《あか》るく成《な》るのが遲緩《もどか》しさに堪《た》へぬのであつた。卯平《うへい》は狹《せま
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