てついと座敷《ざしき》へ立《た》つた。卯平《うへい》はいきなり煙管《きせる》を叩《たゝ》きつけた。鷄《とり》は慌《あわ》てゝ座敷《ざしき》の筵《むしろ》へ泥《どろ》を落《おと》して閾《しきゐ》の外《そと》に脚《あし》を突《つ》き出《だ》した儘《まゝ》暫《しばら》く轉《ころ》がつて居《ゐ》たが、遂《つひ》には蹌跟《よろ》け/\鳴《な》き騷《さわ》ぎつゝ遠《とほ》く遁《にげ》た。白《しろ》い毛《け》が拔《ぬ》けて其處《そこ》ら中《ぢう》に夥《おびたゞ》しく散亂《さんらん》した。煙管《きせる》は鷄《とり》から更《さら》に強《つよ》く戸口《とぐち》の閾《しきゐ》を打《う》つて庭《には》の土《つち》に止《とま》つた。
「爺《ぢい》とつてやんべか」暫《しばら》くして與吉《よきち》は卯平《うへい》の顏《かほ》を覗《のぞ》くやうにしていつた。
「よこせ」卯平《うへい》は暫《しばら》く經《た》つてからむつゝりとして舌《した》を鳴《な》らしながらいつた。
「さあ」與吉《よきち》の出《だ》した煙管《きせる》を卯平《うへい》は拭《ふ》きもせずに口《くち》へ銜《くは》へた。暫《しばら》くしてから卯平《うへい》は苦《にが》い顏《かほ》をしてぢより/\とこそつぱい口《くち》の泥《どろ》をぴよつと吐《は》き出《だ》してそれから口《くち》を衣物《きもの》でこすつた。彼《かれ》は又《また》煙草《たばこ》を吸《す》ひつけようとしては羅宇《らう》に罅《ひゞ》が入《い》つたのを知《し》つた。彼《かれ》はくた/\に成《な》つた紙《かみ》を袂《たもと》から探《さぐ》り出《だ》してそれを睡《つば》で濡《ぬ》らして極《きは》めて面倒《めんだう》にぐる/\と其《そ》の罅《ひゞ》を捲《ま》いた。卯平《うへい》はそれからふいと出《で》て夜《よる》まで歸《かへ》らなかつた。勘次《かんじ》は鷄《とり》の拔毛《ぬけげ》を見《み》て鼬《いたち》が出《で》たのではないかといふ懸念《けねん》を懷《いだ》いて其處《そこ》ら中《ぢう》を隈《くま》なく見《み》た。鷄《とり》は他《ほか》の鷄《とり》が悉《こと/″\》く塒《とや》に就《つ》いても歸《かへ》らなかつた。鼬《いたち》は一|羽《は》殺《ころ》せば必《かなら》ず復《また》他《ほか》を襲《おそ》ふので勘次《かんじ》は少《すくな》からず其《そ》の心《こゝろ》を騷《さわ》がしたのであつた。
前へ
次へ
全478ページ中283ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長塚 節 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング